のほほんほわほわ

植物擬人化小説『ラベンダーさん』が読めます

第19輪 静寂のサンタ界

 

ビュッシュ・ド・ノエルもオススメだけど、

この店のラズベリーケーキが 最っ高に美味しいの!

 

     ――ラベンダー

 

カラフルなラズベリーケーキの写真

 

オレンジと三太とマノンの三人は、陽の光がまったく届かないほど

地下深くまでやってきた。

いまマノンは、オレンジの体から出るわずかな光を頼りに

下へ飛んでいる。

 

どこを見ても真っ暗で何も見えない。

オレンジも三太もいつどこで襲ってくるかわからない敵に

神経を張り詰めていた。

 

慣れないニワトリの体を動かすことで必死なので、

会話をしていない時に感じる気まずさをいまは感じることはなかった。

 

思い返すと、今日だけでいろんなことがあった。

(本当はそんな余裕はないんだけど、がんばるわ by マノン)

ラベンダーが帰ってきたと思い部屋に入ったら本物のサンタがいて、

サンタの現実を教えられ、学校のみんなよりも早く大人にさせられたこと。

サンタの世界がなくなったかもしれないこと。

もしかしたら人間界の危機かもしれないこと。

 

さまざまな感情がマノンの中で忙しく動きまわる。

あのサンタの言うとおり、わたしは――。

 

そこでマノンは考えるのをやめて、体を動かすことに集中した。

またふたりに自分の思っていることを読まれたら……たまらない。

いまは飛ぶことに集中しよう。

 

真っ暗闇の中、自分たちがいまどこにいるのかもわからないまま

マノンと三太はオレンジについていった。

 

どれぐらい飛んだだろうか。

やがて灰色の霧が出てきて、黒色だけの世界が灰色だけの世界に変わっていった。

 

「マイナデスアルコールの悪臭がだいぶ強くなってきた。

気分は大丈夫か?」

先頭を飛ぶオレンジが訊いてきた。

「うぇ、吐きそう」

「そんなに? わたしはちょっとだけ」

具合の悪そうな三太にマノンは顔をしかめた。

「こういうのって、人間のわたしのほうが具合が悪くなるものじゃないの?」

かわいそうなものを見る目で三太を見たオレンジは、

香りを出して三太の吐き気を抑えてあげた。

「強い弱いだけで考えたらそうかもな。

非物質界で生きているやつは敏感だから、核エネルギーや他のネガティブな

エネルギーの影響をモロに喰らっちまう。

その点、肉体を持つ人間はニブいし、いまマノンは本体が別にあるから

影響を受けにくいんだよ。

タバコの副流煙とか、100ベクレルの食べ物だと思えばいいさ」

「……それってつまり、ヤバいってことだよね? オレンジ?」

「これから世界をひとつ救おうってんだ、健康なんか気にすんな」

「お肌の問題は別よ! 肉体にも影響あったらどうしよう!?」

「これぐらいならおそらく問題ない、気にすんな」

「なんだかすごく具合が悪くなってきた、わたしも吐いちゃいそう」

「オレにかまってほしいから演技しているのか?」

「オレンジ! わかるでしょ! 本当に辛いの、香りちょうだい!」

「わかったわかった」

 

やれやれと苦笑しながらも、オレンジは自分の香りと念でベールを作り、

三太とマノンの体をそれぞれ包んであげた。

 

「真夏の紫外線を防ごうとするようなものだ。

サンタ界の中へ行けば、あまり効果は期待できないだろう」

「それでもだいぶ楽になったわ、ありがとう!」

「ぼくはまだ吐きそうなんだけど」

 

オレンジはマノンだけを視界に入れると、ふたたび翼をはためかせ、

灰色の世界を飛んでいった。

 

 

 

*:..。ōℱ*:..。ōℱ*:..。ōℱ*:..。ōℱ*:..。ōℱ

 

 

 

灰色の霧を抜け出た先には、赤い世界が広がっていた。

マノンが霧だと思っていたのはどうやら雲のようで、

地底へ向かっていると思っていたのに上空に出たのでマノンは驚いた。

 

正直眺めがいいとは言えなかった。

 

空は雲に覆われていて、太陽が見えないのに夕焼けのように赤く染まる

不気味な世界。黒くとがった山に、高く細く響く何かの鳴き声。

ゴツゴツとした岩が目立つ荒野に人の気配はないが、

代わりに何かが潜んでいるような雰囲気がする。

 

「オレンジ、ここはゲヘナ(地獄)なの?」

「そうと言えばそうだし、そうじゃないとも言えるな。

ゲヘナの定義も人間とオレたちではちがうし。

魔界の一種でいいんじゃないか?」

「魔界……」

「よくないものの溜まり場だな」

 

「あ!」

突然声をあげた三太に驚いたマノンは、ツバが気管に入ってむせてしまった。

 「オレンジ、サンタ界だ! やっぱりあったんだよ!

消滅してなかった……みんなは生きているんだ! うぁぁぁぁぁ」

「あ、バカ、ひとりで先へ行くな!」

 

ひとり荒野を飛んでいく三太だが、オレンジには三太がいったいどこへ

向かっているのかが分からなかった。オレンジが視た限りでは

サンタ界なんてどこにも見えない。

もしや三太は、ストレスでとうとう頭がおかしくなってしまったのだろうか。

「おい! 三太、止まれ、サンタ界なんてどこにもないぞ!」

しかし三太にはオレンジの声は届かなかった。

 

三太を追いかけて飛ぶオレンジを、だいぶ遅れてマノンが追いかける。

置いてけぼりにしないで! そう叫びたくてもマノンは声が出なかった。

長時間の慣れない飛行で声も出ないほど疲れているのに、

ふたりはマノンなど眼中にないかのようにどんどん先へ行ってしまうのだ。

それもこんな得体の知れない世界で。

 

マノンは泣きたくなった。怖いと思った。

とりあえず、無我夢中で必死に翼を動かし、飛んだ。

 

マノンがふたりに追いついたとき、オレンジと三太は言い争いをしていた。

オレンジは怒鳴った。

「おい! ひとりで行動するんじゃねえ! 

公式ガイドブックにも乗ってねえ未確認の世界だぞ」

「なに言ってるんだよ! あそこにあるのがサンタ界だよ! 見えないの!?」

 

マノンはもうこのふたりと一緒にいるのがイヤになった。

「ねえ、サンタ界ってどこ?」

「ほら、マノンだって見えない! オレにだって視えないぞ」

「あ……ごめん、伝えるの忘れてた。

たぶんね、いまは緊急時用の結界が作動していて、サンタ以外には視えないように

なっているのだ。ちょっと待ってて」

「早くそれを言えよ」

「ごめん⤴、忘れてたの!」

 

息を深く胸に入れると、三太は軽やかな声で歌いはじめた。

 

「いい子のために。いい子のために。

出てこい出てこい靴下の中、私にくれた贈り物。

いつかあなたが来なくとも、だれかにあげられますように。

わたしがあなたになるように

『迷い仔の目印』の名において命ず――姿を見せろ」

 

キィンと、耳の奥から響いているように感じるほど高い音が鳴る。

オレンジとマノンは目を疑った。

殺風景な荒地の中、自分たちの眼下にいきなり

西洋風の城と雪で白く染まった森が出現したからだ。

マノンはとても驚いた。

霊感が強いこともあり、普通の人が経験しないようなことはいつも体験しているが

――現にこうして幽体離脱して、オレンジの精霊とサンタと一緒にいるし――

 世界がひとつ目の前に現れるというのは、

人間界では決して味わうことのないマジックショーを見ているようで、

一瞬感動しそうになった。

ただ、残念なことにサンタ界は怖くて不気味な城と森だったので、

呪われた遊園地がいきなり目の前に現れたように感じて、ショックだった。

 

イメージとちがう、早く帰りたい、頑張って救わなきゃ、めんどくさい、

サンタの世界って不気味だなとマノンは思った。

どうしてサンタは人の夢を壊すんだろう? とマノンは思った。

 

すると、まるでマノンの心を読んだかのように三太が答えた。

「ぼくは君の心を読んでいないけど、なんて考えているかはわかるよ。

誤解しないでね、次元の高い場所から低い場所に堕ちたから、

風景が少し変わっているんだよ。本当はもっといいところだから」

 

「三太……おまえは正しかった。サンタ界はあったんだな」

「うん」

「サンタ界が堕ちた原因はこのマイナデスアルコールで間違いないだろう。

そして、至上主義者が絡んでいる可能性も大きい。

だとしたら――」

 

三太とマノンはオレンジを見た。

 

「他の世界とゼンマイ仕掛けの騎士団に救援を要請しよう」

「ヤダだ」

「!? 何言ってるんだ、こんな状況なんだぞ!」

「こんな状況だからこそだよ。

誰が根で至上主義者と繋がっているかわからない以上、

内部に入り込まれてうっかり情報を盗まれでもしたら大変だ!

それこそやつらの思うつぼ!」

 

オレンジは頭を悩ませているようだった。

三太の言っていることは正しい。

だが、世界が丸ごと低次元まで落とされるという非常事態なのに、

そんな悠長なことを言っている場合なのだろうか。

そもそも、堕ちた世界って、元の次元の場所に戻せるのだろうか?

 

オレンジが黙ったことをいいことに、三太は気分をよくしていた。

「形はけっこう変わったけど、サンタ界がなくなってないんだから、

きっとみんなも無事だよ。救援なんかなくても――あ! ほら!!」

三太の視線の先では、赤い服を着たサンタが森の中を歩いていた。

仲間を見つけて喜んだ三太はハヤブサらしく

最初からダッシュで飛んでいるようなスピードで羽ばたいて行ってしまった。

 

オレンジは少しだけ安心した。

危険だと思ったのは自分の思い過ごしかも知れない。

三太の言うとおり、サンタは地球人類の未来と関わる精霊だ。

世界機密が下手に漏れてしまえばそれこそ危ない。

非常事態ではあるものの、サンタ界は存続していたし、こうしていまサンタの生存も

確認できた。三太だってバカではない。

あとはサンタ界の代表と各世界の代表がバランスを取り合うだろう。

 

どっちにしろ礼名契約を結んだ時点で、自分には救援要請が難しい。

訳も言わずにとにかく来てくれと電話したって、誰も来ないだろう。

もしかしたらジジイなら、信用してくれるかもしれないが……。

だが、やめておこう。サンタ界は大丈夫そうだ。あとの判断はサンタ共に任せよう。

 

オレンジは三太を見た。

十数名ほどのサンタの集団に、子供の姿に戻った三太が

元気よく飛びこんで話しかけている。

つい数時間前まで、跡形もなく消滅しちまったと思ってたんだもんな。

それでも現実を受け入れられずにあるあると騒いたりして。

オレンジには、三太のことがかわいく思えてきていた。

仲間にふたたび会うことができて、三太は本当に嬉しそうだ。

 

 「ねえオレンジ」

後ろからマノンに声をかけられ、オレンジはふりむいた。

「オレンジはサンタ界って行ったことあるの?」

「いや、ないな。観光できる場所もあるが、

サンタ界は他の世界と比べても、特に警備が厳しいんだ。

用事もないのにそうそう行ける場所じゃない」

「へ~、本当はどんなところなんだろう?」

「行ってみたいのか?」

「だって、ワクワクしない? あの風景見た時は、

ラベンダーから聞いたイメージとかなり違うからビックリしちゃったけど、

もっとステキな場所なんでしょ?」

「もし時間ができたら、今度連れてってやろうか?」

「ほんとに!? ありがとう!!」

ニワトリ姿のまま抱きついてくるマノンにコンゴウインコは困ってしまった。

ニワトリのふさもふ感が、心を満たしてくる。

オレンジは心がムズがゆくなるのを感じながら「ほら、暑いから離れろ」と言った。

「でもさ~あ、高い次元から低い次元に来ると、形ってなんで変わるの?」

「ああ、それはな、高い次元にあった物質が低い次元に来ると、

性質が変わったり、存在できなくなったりするからだ。おおざっぱに言えばな」

「へ~! でもわたしたちは変わらないのにね、不思議」

「それは……」

オレンジの思考の中に何かが芽生えた。

タバコのようにもやっとしていて、うまく形にならない不快な気持ち。

「オレが香りでおまえらの体を包んで守っているからな――!」

サンタ界は、本で見た景色とはかなり違う。

ホラーゲームに出てくるような不気味な雰囲気だ。

まるで閉鎖した呪われた遊園地みたいだった。

サンタ界自体の周波数が下がってこの次元にいるんだから、

じゃあ――中にいるヒトは……?

 

「嫌な予感がする」

 

オレンジが三太のほうを振り向いたとき、三太は襲われていた。

「うぁぁぁあぁぁああ!!?」