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のほほんほわほわ

植物擬人化小説『ラベンダーさん』が読めます

第6話 Hi 僕はガジュ丸

ラベンダーさんと征服の草Ⅰ アトランティスへの不満

 

 セーンパイセンパイセンパーイ! パイセ~ン Year!
           ――若き日のミンテ

 

 ミンテとラヴァーレは、再びアカデミー本館へと続く長い参道を歩んでいた。
「えー、本日は、MTBオリエント・アロマ・アカデミーツアーにご参加頂きまして、誠にありがとうございます。
 お客様――もとい読者の方の中には、一体いつになったら学園生活が始まるんだよ! 茶番はもういらねえよ! 早く疫病と戦えよ! 恋愛ものじゃねえのかよ! と思われている方も、いるのではないでしょうか」
 ラヴァーレは、先程の自分の言葉にひどく後悔を覚えていた。
 うっかりネタバレしてしまうのではないか(というか、今さらっと、さらっと少しバラしたよね!?)。それだけが、たぶんこのシリーズにおける最大の不安の種であった。
 ミンテはもう、惑星ミンテへと旅立ってしまっていた。住人はただひとり、彼女だけだ。こうなってしまった以上、止められるものは誰もいない。
「ご安心ください。実はこのシリーズは――権利者の申し立てにより削除されました――なんですよ、すごいでしょう! そこまで考えて――権利者の申し立てにより削除されました――あれ、ここおかしくない? って思うような箇所もひとつひとつちゃんと意味があって実は――権利者の申し立てにより削除されました――それで――権利者の申し立てにより削除されました――」
 ラヴァーレは驚きのあまり、息を呑みすぎて窒息しそうだった。
 安心できるわけがない! 今の言葉のどこに安心できる要素があるんだよ!? なんでそんなぽんぽんカットされてんのにまだしゃべってんだよ!? シリーズ最大の波乱が今だよ! この先何があっても、過去に何があったとしても、ここが一番の修羅場だよ! そこまで暴走していいなんて言ってねえよ! っつうか作者も悪ノリしすぎだよ!!
 誰か、誰か来て、とラヴァーレが心の中でそう叫んだ時、都合よく新キャラが現れた。(本当に都合のいいことだわ……)
「相変わらずでござるな。『征服の草』殿」
「あら、ガジュじゃない! アカデミーにいるなんて珍しい」
 ノースリーブのタイトなスポーツウェアを着た優男が、ふたりの前には立っていた。
 ラヴァーレは不思議に思う。確かに参道にはわたしたちの他にも、数人ほど様々な服を着た生徒たちがいたが、こんな人――おっと、こんな花、いただろうか? まるで木のように自然に、最初からそこに立っていたみたいだ。
 火のように真っ赤で首に少し届くほどの長さの髪に、左腕に入っている梵字のキーリクのタトゥーが印象的だ。上に着ている吸水性のよさそうなスポーツウェアと、同じワインレッドカラーのパンツに、淡いマロンカラーのベルトが良く似合っている。首元から胸、右腕を半分隠すように後ろでひらめく紅のマントが、全体の色と相まって栄えていて、ワンポイントは、スポーツウェアとベルトの間からチラリと覗かせた、肌だろうか。
 これはとてもナイスだと、ラヴァーレは心で喝采を送る。
 ガジュと呼ばれた青年はラヴァーレを見て、嬉しそうにほほ笑んだ。 
「ちょうど任務が、ひと段落ついたところでござってな」情熱的な格好とは反対に、物腰の柔らかい口調で話す青年は、どうやらミンテとは旧知の仲らしかった。「先程の出来事、見事でござった。どうやら拙者の出る幕は、なかったようでござる」
「あたりまえでしょ、私を誰だと思ってるの。自分の家族も守れないで、何が『征服の草』よ」
 ラヴァ―レは、ミンテと同じか、もうちょっと年上の青年が、どうしてこんなに時代がかった話し方をするのか、違和感でいっぱいだった。でもそれ以上に分からないのは――

 ――わたしのお姉さん、ミンテだ

 さっきの学生たちとのやりとりといい、今といい、どうもみんなから一目置かれているような感じだ。学生たちに限って言えば、尊敬を通り越して崇敬すらしていそうな様子だった。
 わたしは、けっこうな時間をミンテと過ごしてきたけれど、わたしの知らないミンテがいる。わたしは、ほんとのミンテを何も知らない。
 ラヴァーレの心に、またもや不安の種が芽生え出していた。
 そんなラヴァーレの心を知ってか知らずか、ふたりは懐かしい友達に会ったように笑っていた。
「それは失敬仕った。『征服の草』殿も長年の休息で衰えていると思いきや、いやいや、蓋を開けてみればこの匂い。また一段と、洗練された良い香りになったでござる」
 その言葉にミンテは頬を紅潮させ、はわわとはにかんだ。
「っ。ち、ちょっと、ガジュ、あんた、なに言ってんのよ。おだてたって何も出ないわよ!」
 青年はにっこりと笑みを浮かべ、優しく言う。
「いやいや、拙者は本当のことを申したまででござるよ。以前にも増して、より温かみがあるというか、慈愛にあふれているというか、数段パワーが増しているように感じてござる」
「ちょっと、やめてよ、そんなに褒められると、調子が狂うじゃない! 何かあるって思っちゃうでしょ!」
 まるで突っかかっているような口調だが、その実ミンテはすごく嬉しそうだった。

 ――次の青年の言葉を聞くまでは

 青年はあくまでにこやかに言った。「無論そうでござる。悪いニュースを持ってきたから、ここで先に上げといたのでござるよ」その言葉に一気にげんなりしつつもミンテは、意外と早い立ち直りをみせる。
「ま、だいたい予想はついてるケドね。先輩でしょ? どーせ」
「そうでござる。『没薬』殿から言伝を頼まれたので、会いに来たのでござるよ」
「あ~聞きたくない、だってもうどんっだけ一緒に時を過ごしてきたと思ってるのよ。何言うか分かってるから言わなくていいわ」
「そういう訳にもいかんでござる! 『没薬』殿は〝アイツはどうせ聞く耳を持たんだろうからな、無理にでも言って聞かせろ。内容は分かっているだろうが、どうしても伝えんと、私の腹の虫がおさまらない〟と拙者に申しつけたので、つまり、ヤバイでござる、メチャクチャ激怒しているでござる!」身震いしながら恐れる青年に、「わかった、わかったから」とミンテは頷きを返し、先を言うよう促した。
「〝『没薬』より『征服の草』へ。何をたらたらしている? お前が道草を食っている間もずっと、私は待ちわびていたぞ。とっとと上まで上がって来いこの愚草〟とのことでござる」
 ミンテの顔からサッと血の気が引いた。この一瞬でひどく青ざめた表情になってしまっている。オリエント青ざめトーナメントを開いたら、優勝間違いなしだろう。なんだか萎れたような匂いが辺りにただよい始めた。
 枯れたように動かなくなったミンテを無視し、青年はしゃがんでラヴァ―レに視線を合わせてきた。
「Hi かわいいお嬢さん。僕はガジュ丸、よろしく」そう言うが早いか、素早く左手を宙でひるがえすと、カラフルなシマ模様のキャンディーが3つほど、黒い指なしグローブの手に握られていた。「いる?」
 ラヴァーレは胸がキュンっとした。うわっ、ヤバい。
 近くで見ると、彼の美しく整った顔がよく分かる。女の花と言われても納得してしまいそうな中性的な顔立ちをしていて、玉のように滑らかな肌がこれまた美しい。グローブから腕の半分まで巻かれた包帯といい、身の軽そうな服装といい、戦いが得意そうだ。それに格好いいし、気が利いている。
 こんな花が、世の中にはいるんだな、と思いつつラヴァーレはキャンディーを受け取った。「ありがとう、ございます。あの、わたし、クレッセントから来たラヴァーレって言います」顔を赤らめながら答える。
「そう。これから入学するのかな?」
「はい、そうです」
「君だったらきっと、立派な花になれると思うよ。うん、とってもいい香りがする。大丈夫、自信を持って。大変だろうけど、がんばってね」
「はい、ありがとうございます(うわ、めっちゃ良い花だ)」
 そろそろ帰ろうと立ち上がったガジュ丸は、最後に思い出したように付け加える。
「あっ、そうそうラヴァーレちゃん。アレ――君のお姉さんは、とっても素晴らしい実力のある精霊だよ、だから安心して。まあ、うるさいところもあるけど、ね」
 そう言うと、Byeと手を振りながら黄色い光になって、飛び散るようにガジュ丸は消えていった。
 ガジュ丸さん――いや、ガジュ丸さま、ああガジュさま。イケメン過ぎる。わたしもう胸が辛い。
 ラヴァーレは、今まで感じたことのない胸の高鳴りで幸せいっぱいだった。

 ――でも、どうしてわたしにああ言ったんだろう?

 しかしその疑問は、すぐに幸せいっぱいの体から追い出されてしまった。