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のほほんほわほわ

植物擬人化小説『ラベンダーさん』が読めます

第21輪 不穏な影

ラベンダーさんと黄金のリンゴⅠ サンタの国

ねえ君たち、その話くわしく教えてくれない?

ぼくのおじいさまが、本物のハーデスじゃないって?

 

          ――ペパーミント

 

休暇中のハーデス

 

魂が燃え上がるような轟音が鳴り、大爆発が森を飲みこんだ。

マノンは爆風で吹き飛ばされていた。

 

体が熱い! 心が痛い!

 

乱れる大気の中、

マノンは落ちないように翼を広げて気流に乗ろうとしたが、できなかった。

激しい風の中では無理に翼を広げようとすれば折れてしまう。

 

そのまま弧を描いて落下したマノンは運悪く背中から

大木の幹にぶつかった。背骨から全身に激痛がと痺れが走り、目がかすむ。

それでもなんとか枝にしがみつくことができたのは、

奇跡だった。

 

マノンが痛みと身体にたまった熱でぐったりしている間も、

森の遠くでは炎が大英帝国のように領地を広げていた。

 

だが、いまのマノンにはそんなことはどうだってよかった。

森が燃えようが、オレンジや三太がどうなろうが、関係ない。興味がない。

 

マノンはやる気が急速になくなるのを感じた。

生きる気力がなくなっていくのが自分でもよくわかった。

 

人間界を救うため、第一次世界大戦のような事態を防ぐために、

こうして幽体離脱をしてサンタ界へやって来たのに

自分は役に立つどころか、足手まといになっていることが悔しかった。

いまだって、オレンジと三太の戦いを空から見ていただけで、

何もできなかった。

ラベンダーとの秘密の特訓中、ラベンダーはわたしにこう言った。

――あなたには才能がある

あのときは浮かれていた。いい気になっていた。

でも、嘘だった。

わたしには才能なんかない。才能ってなに?

霊が視えたり、幽体離脱ができるニンゲンは少ないけど、

上の次元じゃみんな当たり前にできる。

素晴らしい才能があると思ってた。

でも、実際はオレンジの役に立つどころか、足を引っ張ってばかり。

敵が襲ってきたとき、人質に取られたりしたら?

わたしのせいでオレンジが死んでしまったら?

ニンゲンだって差別されたくないよ!

ヤダ! しょせんニンゲンだったって、オレンジに思われたくないけど、

でももうオレンジ死んじゃったしなあ。

どうやって家に帰ろうかなー。

 

マイナデスアルコールのネガティブなエネルギーで、

自分の周波数が下がっていることには気づいてるけど、

このままでもいいかなって思う。

だってわたしがいてもいなくても世界は変わらないもん。

マノンはどんどん自分の世界へと引きこもっていった。

森を燃やす炎が愛おしく感じ、きれいだと思った。

葉っぱのついてない枯れ木ばかりの青白い森は、

OBAKEが出そうで不気味だけど、なんだか美しい。

鳥のさえずりの代わりに、音として聞き取れない程のゆがんだギターみたいな

叫び声が酸素みたいに空気に含まれている世界は、

なんだかとっても刺激的で、うっとりする。

空は赤くて、何かの鳴き声がして、胸が冷たく熱い。

ここで暮らせたら、幸せだろうなぁ。

 

マノンがそう思って目をつむったとき、

強い不快感を感じた。

とてもクサイニオイを嗅いでしまったからだ。

魂から虫唾が走る。なんだこのニオイはと、マノンは咳こみだした。

気分はたしかに最悪だった。

しかし、鼻にまとわりついて中々離れないこのしつこいニオイは、

どこかで嗅いだような、ことが――あるような。

記憶の白い海にはひとつの点があるが、小さすぎて見えない。

もどかしいと思う間も、マノンはこのクサイニオイの正体が分からず

イライラした。

木の枝を強く叩きすぎて、マノンの手から血が出た。

鼻からは鼻血も出ていた。

だめ、どうしても思い出せない。思い出さないといけない気がするのに。

とうとう疲れてマノンは思い出すことをあきらめた。

枝の上に寝そべり、遠くで燃える炎をみつめて、

燃やされるって、どんな感じなんだろう。あったかいし、

もしかしたら気持ちいいかもしれないと思ったとき、

 

――オレンジの香りだ!

 

思いだした。

なんでクサいと思ってしまったんだろうと思ったら、

マノンの目から涙が出ていた。

良い香りのはずなのに。クサいと感じてしまった自分の心が恥ずかしい。

生きなきゃとマノンは思った。

自殺願望に駆られる人を見るように、

ニンゲンとして生きるなんてとっても恥ずかしいことだと本気で思った。

でもどうしてか、恥ずかしくても、蔑まれても、生きなきゃと思った。

ラベンダーに会いたい! オレンジに会いたい! パパに会いたい。 

生きる! 生きる! 生きる!

マノンはがんばって念じたが、数回でやめてしまった。

疲れた。メンドくさい。

 

マノンは目をつむった。

息を深く吸えば、とっても気持ちいい空気が肺を満たしてくれる。

オレンジがいなくても、ラベンダーがいなくても、わたしは幸せ。

あの炎に燃やされるって、どんな気分なんだろうな。

オレンジも炎のエネルギーは気持ちがいいって言ってたし、

わたしも燃やされてみたい。

 

マノンは鳥に変身した。

その姿はとても鳥と言えるものではなかったが。

マノンが変身したそれは、

ギリシャ神話に出てくるキマイラのように、いろいろな動物が混ざり合った

よくわからない姿だった。

 

うなり声をあげて大木の枝から飛び立った魔獣は

重々しい動きで炎の海へと飛んだが、

体があまりにも重すぎて、だんだんと降下していった。

地面を歩く姿にはその土地の主のような威厳があり、

途中、顔のない灰色の人間に囲まれて襲われたりしたが、

何でもできる気分になっていたマノンの敵ではなかった。

自分でも驚くほどのパワーを発揮し、マノンは灰色の人間たちをなぎ倒した。

顔のない灰色の人間は身長が2メートル以上あり、全身が灰色の毛むくじゃらだった。

マノンは最後の一体の首を嚙みちぎって頭を投げると、

ふたたび炎の海に向かって歩き始めた。

 

やっと、さっきの大木から歩いて半分ぐらいのところまで来ると、

後ろから何かが飛んでくるのに気づいたが構えた時には時すでに

遅く、緑色の旋風にマノンは吹き飛ばされた。

変身が解けて人間の姿に戻ったマノンは薄れゆく意識の中で、

だれかに後ろから口をふさがれて、ひどくニガい香りを体内にムリヤリ

吸引させられた。