のほほんほわほわ

植物擬人化小説『ラベンダーさん』が読めます

第12話 バトルプー VS ラヴァーレ(表)


 おいおい、なんだよこのクッソおもしれェ空間はよォ。読者の顔がいっぱい映ってやがるぜ

                         ――シナモン

 

 ミンテは困惑していた。
 冷や汗が止まらず、香りを出して止めるのも忘れるほど、冷静さを欠いていた。
 そんなことは自分でも分かっていたが、冷静になれと言うほうが無理である。なぜなら、自分の娘も同然に――はたまた妹のように可愛いがってきたラヴァーレが、熊と戦おうとしていたからだ。
 オリバナム、ミルラ、ミンテ、ラヴァーレ、シナモン、銀狐、藤、カモミール、サンダルウッド、麻子は、特別会議場を後にして、ひとつ下の層――本館第三層にある訓練場フロアに来ていた。
 
「馬鹿じゃねえの!」
 私はオリバナムの胸ぐらをつかみ、容赦なく言い放つ。板張りの壁と床の木の匂い、それと畳の匂いがただよう道場内でも、私の怒りが収まることはなかった。
オリバナムは、どこかの大魔王も泣くほど怖い顔で睨んできているが、一瞬のスキを突いて心を読んだ限り、内心では意外とビビッているみたいだ。自分でもよく、あのオリバナムの心のブロックを潜り抜けられたものだと思ったけれど、これはもしかしたら、わざと読まされたのかもしれない。怒りで我を忘れる私に、状況を理解させるために。
 さすがはオリちゃん、私の先輩ね。
 でもそんなことしなくても、オリバナムのやろうとしていることは理解できているわ。私も彼の立場なら同じことをするもの。だけど、頭では理解できていても、体はまだ理解できてないみたい。自分勝手だなと私も思うけど、親って大抵そういうものよ。
「気は済んだか?」澄みわたる声でオリバナムは言った。
「私の気持ちも分かるでしょーが!」
 私も譲る気持ちはない。いや、あるにはあるし、オリバナムだって私と同じ気持ちを、少しは持っていることが分かってしまった。ああっもう!!
 心を読まされるって、不便でしょうがない!! やり辛いったらありゃしないっつーの! 

 ――まったくもって、聡い相手だわ
 
「安心せい。危なくなったら、わしらがちゃんと止めに入る」
「わざわざ言わなくても、もう分ってるわよ!」
 私だって、相手がタダの熊なら、ここまで喰いつかない。
 が。
「連れてきましたァ」
 二十人以上の学生たち(おそらくだが、あきらかに便乗してさぼっている学生が何人もいる)が、道場にぐるりと囲まれた砂利だらけの殺風景な中庭に、運搬用エレベータ―で運びこんできた巨大な檻。そこには、プーさ――おっと、いけないいけない、バトルプーと呼ばれる巨大な熊のモンスターが閉じこめられている。あれと――ラヴァーレを……
「本気でバトルプーと戦わせるつもり!? あれ、12の難行部の、今年の難行でしょ!」
「ん? どうしてお前が、今年の難行を知っているんだ?」
 先輩が怪訝な顔で訊いてくる(具体的に言うと、包帯のしわで影がいっぱいできたおっかない顔)。やっべ。
「ほ、ほら、マンドレイクが、と、文香でやりとりしてるから、それで、アカデミーのことは、いろいろと教えてもらってるのよ」
「そうか。ところで、OBAKE図鑑なんだが、写真とってもいいか? トトにもメールで教えてやろう」
「えぇ、はい」私は向こうのマットの上で、麻子と一緒にストレッチしているラヴァーレから預かったOBAKE図鑑を携帯空間から取り出す。
 あ、はは。……冷静にならなきゃね、これは本当に。胸がまだドキドキしてる。ふぅ~、納得してくれてよかった。ただ、オリちゃんの顔がちょっと(かなりかもしれない)怖い。
 先輩は、あ! 新しいケータイになってる!? すげえ!
 古き良きを愛する精神の先輩が、いつの間にやら携帯電話を使うようになって、もうどれぐらい経つんだろう。最初の頃は、念話があるんだからそんなものいらん、とか、ケータイなんかに頼っているからサイキック能力が衰えるんだ! けしからん! とか怒っていたのに。もう、この花本当に可愛いなぁ。
 この包帯姿のセンパイに慣れてしまったのは、いつからだろうか。最近では、こっちが本当の姿なんじゃないかと思ってしまう。私は、心の傷を押さえながら、思う。

 ――いつまでも背負ってないで、自由になればいいのに。そんな包帯なんか、しちゃってね

 古き良きを愛する堅物なミルラ先輩は、あのマロンも驚くぐらい流れるような指さばきで(マロンはいつも何かに驚いてるから、マロンを引き合いに出したのは失敗だったわ。たとえば、そうね……普段あまり驚かず、常識人なヒト……。ミルラ先輩も驚くぐらいに華麗な指さばきっていうのは……イケると思ったけど、これもダメね。だって、その本人が当事者なんだもの。ああ、例えって、むずかしいのね。いっくんの気持ちが少し分かったわ)OBAKE図鑑の写真を添付し、トトにメールを送っている(芸術か何かを見ているように、感動するスピードだわ)。
 それに比べて……
 他のマスターたちとは距離を置くように、部屋の隅でケータイに話している銀狐。背後には藤が控えている。
どうして銀狐は、いまだ時代遅れのあんな古いケータイを使ってるのかしらね。先輩でさえ――うわはは、この花、本当にすごいわ。指さばきがアトランティスの女子高生みたいだ。うふふふふ。
 
?彡。.:・?゜?彡。.:・?゜?彡。.:・?゜?彡。.:・*゜
               
 イタタタタ。
「ラヴァーレ、あなた、女の子なのにずいぶん硬い体してるのね」
「いたたたたッ」
 痛いっ、苦痛だ。やっとわたしの出番がまわってきたと思ったのに、痛いなっ、麻子さんが、わたしの体をひねったり、ねじ曲げたり、伸ばしあり、縮めあり、圧縮ふぐぉ、たり、分、解した、り、再構成したり、いろいろしてくる。
「た、タイム」
「タイムなんか、ありませン!」
「アダダダダダダッダダ!?」
 横で、シナモンさんた、ちが、お腹を抱え――て、大爆笑してる。くっそうダダダ――でへろり。
 グッチャグチャの液状になってしまったと思ったけど、見たら、ちゃんと体はあるみたいだ。よかった。途中、分解されたり、なくなったりしたと思ったのは、気のせいだったみたい。
「ほら、立ち上がってごらん」
 うわっ、なんだこれ!? 自分の体じゃないみたいだ! ハトでもくっついてるみたいに軽い。
「体の流れを整えてあげたから、ずいぶん楽になったでしょ?」
「はい! これで、心配なくあのクマぶっ飛ばせます!!」
 わたしがうれしそうにそう言うと、麻子さんは、ちょっと引きつったみたいな顔だった。あれ? 今なんか変なこと言ったかな?
「オホン……ラヴァーレ、もうちょっと、いや、いいわ。これからいろいろ学ぶことになるだろうから、頑張りなさい」
「はーい」

 ――そしてわたしは、外のクマに目をやった

 …………。

 クマ! クマだ! クマがいる!

 


            ドクン 

 

         ドックン


 ドックン        ドックン
                       ドクン 

    ドックン

           ドックンドックンドクドクドクドク          
                          ドックン
               ドックンドクドク
   ドクドクドクドクド     
                      バグン   バッグンッ
         バグバグバグバグ  
                              バババ    
                              bgbgbgbgbg
                              ドクドクドク
ドクドク   ドグドグドグ
     prrrrrrrrrrrrrrrrrr
           dgdgdgdgdgdgdgdg クドクドクドク    
  ドドドドドドド       
       ドドドドドド
     ドドド    ドドドドドドドド
            ドクドクドドドドドギュドギュドギュンギュッ
       dgdgdgdgdgdgdgdgdgdgdgdg

ヤダっ  くまだ!  
                       黄色い!
くまァがいる           赤い

                心臓がッ、エキサイティング!! 

  隈だ! 熊だ!      きゃーーーーー  !
            ワーオ!             !
       
            クマだあ!!
マクマクマクマ           くまァがっ!!   
       クマクマクマクマ      

   どうしよう! くまだ  くまぁあああああ

       ヤバイ      もうヤバイ    クマ……!?
       くっまくま♪     
                                
             熊熊熊熊熊熊熊熊 熊          
            くま             熊
    クマクマクマ熊      クマ         
         能       クマクマク    ――――|
    マ熊     …――   
      ―――……  ――    熊熊                 
         熊熊                
    熊   クマクマクマクマ
    クマ     能         クマクマクマ   ――――
   熊    ―――――   クマ          
            くま             熊           
             熊熊熊熊熊熊熊熊  熊  
                                  
               うきゃややや
          ッ!!          きゃああぁあああ   ??
    ッ!   ??
        やだっ どきどきする!     ぶっとばしたい
     ?    かわいいなぁ  
    イライラする                        頭が痛い
        なんだろう     胸が、抑えられない!!   
                    ???!!
   なんだよあの面ァ!!         ぶっとばす   ぶっとばす
          ブッ飛ばす  !!?     !!!!!!!!
!!!?!?!?!?!
        ?!??!     ?  

 ラヴァーレは、なぜ自分がこんなにも興奮しているのか、よく分からなかった。ただ、熊を見るとどうしようもなく血が騒ぎ、抑えが効かなくなって意識が遠のいていって、おかしくなってしまうのだ。昔、熊に襲われた体験があるわけでもなく、何かトラウマがあるわけでもない。動物は大好きで熊のこともかわいいと思っている。
 でも、大好きであると同時になぜだか胸がひどくざわつき、頭の中で誰かがささやくのだ。

 ――ヤラナキャヤラレルゾ
                 
 やだぁ!? わたしったら、なんだか自分じゃないみたい。女の子なのに、どうしてクマを見ると、こんなに興奮するのかしら! なんで自分を抑えられないのかしら! 特にクマがキライってわけじゃないけど……なんだろう? どうしてこんなに、ブッ飛ばしたくなるんだろう! 
 ま、いっか♪ もうっ! 頭の中で誰かが言うの! ブッ飛ばせって! あら、わたしって詩的! うふふ。          
 外にある檻の中で暴れる巨大なクマ! ああ、早くブッ飛ばしてあげたい!!

 興奮しすぎて、どこか頭がおかしくなってしまったラヴァーレ。その様子に麻子たちは気付いたが、止めようとした時にはもう少女は道場を飛び出していた。
 
 目と目が合う。

 バトルプーは急に檻を破壊して学生たちを吹き飛ばす。悲鳴とあえぎ声(という名の笑い声)が空間を揺らしたが、ラヴァーレの耳には何も入らなかった。ただあるのは、己と熊のみ。それ以外は邪魔でしかなかった。
 オシャレな白と黒の服を着た少女は森で育った野生児さながらの動きで、はだしのままに駆けていく。地面の冷たさや砂利の痛みなんかは、気にもならないようだ。
 相手は五メートルを超える熊。対する少女は、一メートルをわずかに上まわるばかりだ。
「パポポポポポヴォヴォヴォヴォブァワ」
「あおあおあおあおあおあおあお」
 バトルプーの威嚇に対して少女があげるものではない奇声を張り上げ、彼女は突撃をかました。偶然にも逃げ遅れた学生たちを守るように間に立ち、ぶつかり合う。しかし簡単に押し負けて道場のほうへと吹き飛ばされてしまった。
 宙を舞い、激しく叩きつけられながら転がっていくラヴァーレを、追いかけていくバトルプー。
 ラヴァーレは、がはっ、とあえぐと、なんとか両手を地面に立てて立ち上がろうとするが、バトルプーがそれを許さない。容赦なく残酷な爪が振りおろされる。すんでで右に転がり避けると、バトルプーの突きに貫かれて破裂した空気がラヴァーレの横顔を殴ってくる。またラヴァーレはバランスを崩してしまった。態勢を立て直すスキを与えずに反対の左爪で殴りにくるので、また転がって右に避けようとしたが一発目に撃ちこまれた爪に髪が引っかかって、地面から離れられない。
ギラリと光を反射した爪がラヴァーレに襲いかかる。
 髪を地面にくくりつけられ、手も足も出ないラヴァーレは、逃げることすらままならない。
 もうなす術がない。あきらめるしかないのか。このまま息の根を止められてしまう残酷な描写を、作者に書かせるつもりかと思った時――
 ――息をすべて吐き出した。
 ラヴァーレの匂いのこもった息にむせたバトルプーは、動きが緩くなり、爪は顔に当たらず横にそれて地面をえぐり取る。息を吐くのが一瞬でも遅れていたら、飛んでいたのはラヴァーレの茎である。
 髪をムリヤリ引き抜き立ち上がったラヴァーレは、バトルプーの顔面を下から蹴り上げ、のけ反らせる。二本足で立ち上がったところで、黄色いゴワゴワの右腕をつかみ180度反転。ラヴァーレは左足を大きく前に出して背中を曲げると、ぶんッとバトルプーを放り投げた。
 まさか、こんな幼い少女に自分が投げ飛ばされるとは思っていなかったのだろう。バトルプーは凄まじい勢いで二、三十メートル先の道場めがけて飛んでいく。麻子たちも当然、あの巨体を、こんなか弱い少女が背負い投げるとは思っておらず、飛んでくるバトルプーから慌てて逃げた。
 グシャガラドガラシャベギ
 道場の縁側付近が屋根ごと、巨体に押し潰されひしゃげた。
 ペっ。
 少女は血ヘドを吐き捨てる。
 普段のラヴァーレだったら、お気に入りの白黒シフォンブラウスの服が土まみれになってしまったことに、激しく騒ぎ立てるだろう。だが今の彼女には、もうそんなことはどうだってよかった。あの熊をブッ飛ばす! あるのはその謎の欲求だけだ。
 激しい闘争本能が叫んでいる。生きるか、枯れるか。生き物がみな持っているあたりまえの感情が彼女を――熊と戦わせる。
 負けるということは、枯れるということなのだ。戦う理由はそれだけでよかった。
「ごがががっガバババヴォバババヴ?ア?ア?ア?アポォーウ」
 耳をつんざく咆哮が炸裂する。バトルプーは激怒した。
「バガガガガガガガオオゥ」
 毛並みを大きく逆立てて、バキガキボキと口に入った柱や瓦を砕き割ると、地鳴りのように地面を揺らしてラヴァーレに突進する。
 ドダッドダンッダドンドダン
 一方でラヴァーレは、呆然と立ちつくしていた。近くを優雅に舞うチョウを見ている。このままではモロに衝突を喰らうことになる。もう眼前に凶悪な口と長い舌が覗いていた。獲物に喰らいつこうとするモンスターが迫っている。
 ぶつかる。
 その直前で砂を顔面に蹴り上げてやった。勢いが緩んだ一瞬のスキに背中に飛び乗ると、ラヴァーレは自分の香りをありったけに出す。
 バトルプーはまぶたを開けられず、目が見えないままに、そのままラヴァーレを振り落とそうと長方形の中庭をあちこち走りまわり、庭を囲むように作られた道場にぶつかりながら、ドガラシャンドガヂャンと屋根ごと破壊を繰り返した。
 あっちへ行って、こっちへ行って。そこここに破壊の爪痕を残す。
 体中にぶつかる瓦や柱の痛みに耐えきれず、ラヴァーレは屋根に飛び移る。そのまま横へ走ろうと足を前に出したら、すべって転び、屋根の縁に宙づりになってしまった。とっさに出した手でなんとかぶら下がっている状態だ。
 ようやく視力が戻ってきたバトルプーは、食べてくださいと言わんばかりにぶら下がっている、ラヴァーレの左脚に喰らいついた。
 ラヴァーレの魂を構成する霊体から骨、臓器の隅々に、濁流のような激痛が駆けめぐる。
「ヴぁぁぁああああ!!」
 ラヴァーレの血に恍惚とした表情を浮かべるバトルプー。噛まれたまま引っ張られ、地面に勢い強く叩きつけられたラヴァーレは、しかし笑っていた。
「お前、自分が枯らされる覚悟は出来てんだろうな?」
 透明な声だった。自分の脚が噛まれて血だらけになっている者の声ではなかった。何も含まれていない、ただ淡々とした透き通る声に、バトルプーの全身を恐怖が襲った。体が強張り、皮膚があわ立ち、動きが止まる。
 生まれた時から一度も感じたことのない感情。オリエント・アロマ・アカデミーに捕獲された時でさえ、感じなかったもの。
 恐れ。
 脅威。
 初めての感情にとまどってしまい、つい、怯んでしまった。
 口から外れたラヴァーレの左脚からは、血が勢いよくしたたり落ち、黒いパンツを真っ赤に染め上げている。
 バトルプーの本能は悟った。この戦いは一方的な狩りではない。生存戦争だと。
 数いる悪魔や魔獣の中でも凶暴な部類に入る熊型のモンスター、バトルプー。
同じ熊型の魔獣、黒カブトにも引けを取らない伝説級の戦闘能力を持っている自分が、こんな下等生物ごときに脅かされること自体、本来許されるはずもないのだ。
 許されない。ありえない。間違いだ。自分こそが絶対的な支配者であり、王者なのだ。
「ゴオオオオオババグワパヴァ」
「へえ、あっそ」
 肉は匂いがキツくて喰えたものではない、と判断したこの黄色い魔獣には、それでも戦う理由があった。
 いつの日か立派に花を咲かせたこの下等生物に、最強である自分の種族が脅かされるかもしれないという、ありえない懸念。そして、自分の王者としての絶対的プライドを傷つけられたことに対する怒り。圧倒的怒り。
 最強は自分だ。ただの獲物が、王に、傷をつけるという許されざる行為をした。
 この小娘をもう生かしては帰さん。なぶり、切り刻み、引きちぎり、噛み砕いて、恐怖の悲鳴をたっぷり叫ばせなければ、この怒りが晴れることはないのだ。
 魔獣はその巨体に似合わずチーターのように俊敏に動いた。爪、牙、突進、瓦投げ、砂かけ、柱で突く。その場にある物すべてを駆使して休む暇を与えず連続攻撃を仕掛ける。
 凄まじいパワーとスピード、砂ぼこりに翻弄されて、辺りの様子が分からないラヴァーレは、それでもちょこまかと攻撃をかわし続ける。
 しかし、段々と木片や瓦、爪などを体にぶつけられて、痛みに意識がもうろうとするようになった。
 体中がアザや血だらけになってしまい、気付いた時には一隅に追い詰められていた。
 もう、逃げ場がなかった。トドメを刺そうと、バトルプーが大きく振りかぶる。
 そこで臆しながらも真正面の足と足の間、体の下を潜り抜けて間一髪、攻撃から逃れることができた。
 とにかく距離を空けるため、ボロボロに赤く染まった体で懸命に逃げる。後ろは振り向かなかったが盛大な破砕音が響き渡ったので、状況はよく分かった。グシャグシャだ。
 すぐまたバトルプーが追いかけてくるだろうから、様子が分かるように後ろを向く。
 対して魔獣は、いつまで経っても獲物を仕留められないことに業を煮やしていた。頭の赤いトサカのような毛が、怒りで沸騰しているようだった。
 とっとと仕留めるはずが、獲物が小癪にも逃げまわるので、体中の血管という血管が怒りで沸騰し、不快指数は96にもなっていた。
 何よりも、こんなクソ生意気な下等生物を、弱肉強食の絶対的支配者であるにもかかわらず、いまだに息の根を止められない自分に対して腹が立っていた。
「ガガシュワバブボボボb」
 許さない許さない許さない許さない、殺す殺す殺す殺す殺す!!!! 
 フシュゥゥゥゥゥゥゥ、と、感情とは反対に、とにかく力を抜く。そして――
 ――自分の体が壊れるほどの爆発的なパワーを込め、空間ごと破壊するように刹那に達する速度で。一気に空いた距離を詰め――「おねがいやめデュッ」少女の茎を切り裂いた。
宙を舞う少女の茎。噴水のように血が出る体。
 勝負は決まった。

 ごとり。ブシャッ、どさ。
 
 とうとう終わった。
「バボオオオオオオオオ!!!!!」
 大気が震える。中庭の真ん中で、勝利の雄たけびを上げるバトルプーちん。
 長く続いた狩猟ゲームは自分の勝ちだ。
 今、この獣の内は、勝利に対する喜びでいっぱいだった。正義も悪もない、美しくも残酷な弱肉強食の世界で自分はやはり、王者として――支配者として君臨するに値する存在なのだと確信した。
 おとなしく狩られていれば良いものを、負けると分かっていながら噛みつきおって。おかげで自信を失いかけてしまったが、今となってはもう、どうでもいいことだ。
 肉は匂いがキツくて喰えたものではないが、自分をここまでイラだたせた小娘には、裁きをくれてやらねば気が済まない。
 ゆっくり、じわじわと、たっぷり悲鳴を鳴かせて楽しむつもりだったが、もういい。
 バトルプーは少女の死体に近づいた。四肢をばらばらに切り裂き、バキボキとひとつひとつの骨まで折る。粉々に、ジャムのようにぐっちゃぐちゃに、なんの物体か分からないモノにした後、離れたところに転がる頭をくわえる。
 周りにいる大勢の精霊共に、恐怖を伝染させるように高々と口をかかげ、存分に見せびらかす。そして――

 ――ごしゃり

 良い見せしめになったことだろう。自分に逆らう者は、皆こうなるのだ。王者である自分に無礼な働きをしおって。次は貴様らだぞ、と。
 プライドを完全に取り戻したバトルプーは気分が最高に良かった。今なら何でもできる、そんな気さえした。
「楽しそうだなあ」
 が、それはたぶん、夢であった。
現実はそう甘くはないのだ。笑っちゃうぐらいにな。
 声が聞こえた。背後から。
 胸に不安の種が芽生える。
 バッと振り返ったが、何もいない。やはり単なる思い過ごしだと、バトルプーは自分に言い聞かせた。
 気のせいだ、この期におよんで何を怯えることがある。許しがたいことだが、たかだか投げ飛ばされただけ、傷をつけられただけの相手だ。そんなことをされたこと自体、生まれて初めての経験だったが、もうその相手は枯れている。完全に息の根を止めたのだ。死体も背後にちゃんとある。
 後ろを振り向き確認すれば、やはりあった。さっきと寸分違わぬ形で、まったく同じ光景だ。この状態から生き返ることなど不可能だ。
 安心した。胸をなでおろす。枯れてもなお自分に恐怖を与え続けるこの精霊にイラついたが、もうどうでもいい。次は、周りの奴らを皆殺しだ。
 そうして、目の前の死体を乗り越えてアカデミー生たちのほうへ向かうバトルプー。

 ぽふぽふ

 と、何かが自分の背中に当たった。
 ?
 振り向いたが何もない。死体があるだけだ。少女の死体は当然動くはずもないので、きっと風で、枝か何かがぶつかったのだろう。
 ! まただ! また背後に何かぶつかった、なんだ! 
 周囲を見まわすが、あるのは死体と、飛び散った瓦や木片、えぐれた地面、そして地面に引かれた謎の線だけだ。それ以外は周囲には何もない。
 なんだか嫌な予感がする。もしや、何かがいるのか?
 少女の敵討ちに新手の精霊がやってきたのかと身構えるが、肝心の姿がどこにも視えない。
 嗅覚を頼りに探す…………――そこだ。
 ブゥンブゥンと爪を振りまわしたが、何も当たった気配がない。やはり気のせいなのだろうか。何かがいると思ったのだが。
 すると耳下で、ささやき声が聞こえた。
 くすくすと。     

  クスクス     クスクス     くすくす
     くすくす    くすくすくすくす 
     ふふっ                 

        クスクス       くすくす
       うふふふふ                  あっはっは

 バトルプーの懸念が確信に変わった頃、そこここから――あちらこちらから――四方八方から――いつの間にか集まっていた大勢のアカデミー生たちの笑い声が聞こえていた。
 どこだ!? どこにいる! そこか! ここか!! 
 爪を手当たり次第に振りまわし、ブンまわし、地面をえぐったりもしたが、何かにぶつかった感触はない。
 ぐるぐるとまわるバトルプーのおかしな様子に、道場や中庭では笑い声があふれていた。サーカスでも見ているように、みんなみんな、楽しそうだった。
「ここだよここ、そろそろ気付け」
 声の方向は――上…………自分の……頭からだった。
 魔獣の前に、何かが降り立った。その姿を見て、触れてはいけない神にでも触ったような感覚がバトルプーに走る。
「確認しといて良かったよ。お前に情けがあったら、ブッ飛ばせないもん。だが、これで気兼ねなくブッ飛ばせるな」

 !!!!ガ?!ババ?!? 

 バトルプーは驚愕した。この魔獣が恐れ慄くのは当然である。
 なぜなら、魔獣の目の前には、にっこりと笑う、淡い紫色の髪の少女がいたからだ。
 胸中に芽生えた不安の種は、もはや満開に咲き誇っていた。
立派な立派な紫色の綺麗な花に育っていた。
 確かに枯らしたはずなのに、ジャムにしたはずなのに、ピンピンとしている。それも五体満足で! ビリビリに破いたはずの衣服も、あまり破けてはおらず、服として機能できる形状を維持している。
 相変わらず土まみれで、体中の傷や打撲痕、左脚の裂傷など、満身創痍ではあるものの、ダメージなどまるでないように平然としている。茎も体に繋がっている状態だ。
 なぜだ!!?
「今度はこっちの番だな。葉ァ食いしばれよ――ってお前、動物か。ま、いいや」
 そこからあるのは蹂躙だった。
 少女による。

 

 ジャブ、ジャブ、ジャブ――ストレート。ボディブロー、ワンツーパンチ。アッパーカット、顔面パンチ。 
 鉄槌、鉄槌、エルボードロップ、膝蹴り、ひじ打ち、貫手突き。リバーブロー、ガゼルパンチ、デンプシーロール――蓮華大脚。
 気根脚――回し蹴り。飛び膝蹴り、蹴り、乱れ突き。回転鉄槌、平手打ち。前蹴り、横蹴り――気孔突き。狐拳、掌底打ち、ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ――秘孔突き、コークスクリュー・ブロー。
 蹴り上げ  上からドン  毒霧  魔怒女   大地の極み

    あきらめるとダウン   ノアの大洪水
      追撃オリーブ
                    
            冥界突き    火炎拳
           年貢の納め時   イガグリ殺法     
             旋風脚
                                  
       三日月蹴り       ビンタ祭り        
       ブービーバンブー     
        火炎斬り          カカオ落とし      
                     スマッシュポテト     
            
                      ジャンピング・トゥモロー
                            
    オリオン投げ    ニンニク・バスター     クレッセント斬り     
    シリウスデストロイ     メロン・ドロップ   九里の道も一歩から     
          ジャムにしてやる!   トオルヨハンマー  八相葉っぱ
                                                
                    シナモンロール
          寄生       サンダーボルト
           スーパーカモミールキック    ティータイム
             グルグル巻き    カオスインセンス
    山火事落とし    ユーカリミサイル   根性アブソリュート
                                  
              クレイジーミンテ(お仕置きバージョン)
                     『問題児』による空間破壊

消え失せろ――パンッ(今ここ。現在地)
                  全反射 パブロ・ピカソ    虎空閃   
                                木の葉返し
                 おともだちパンチ
            
   涙の裏切り
  
             心友レバーブロー
                                                
        火あぶりの刑
        リィヴリィ  
   
        オイラの名前はッ!           なんとかストラッシュ                
         かめはめ葉 
             おともだちコークスクリュー・ブロー         
     関節斬り        セサミ・ストリート
     殺人プッシュ          維管束斬り
              ジャーマンポテト・スープレックス

                タイム!   昨日の友は今日の敵
                       
                 
                     クレイジーポテト 

          アキヤマグナム         マノンキャノン
                      突っ張り鉄道の朝
              おばさん呼び       おともだち鉄道の夜
                           
        ラブラブ・ラベンダー   
        鶴のくちばし        レディバースト                          
        オレンジビーム  ラベンダークッキング   ニンニク・ドライバー
        仲直りの握手              
     お前なんッか――大ッッッ嫌いだ!!!    
       ツーファイブワン・エクスプロージョン     アロマテラピー                 
                ラベンダー・スペシャル
                カルマ返し(『梨の王』バージョン)
                          
                       
              私がこうなるって、知ってたのよね?
                   ポピーだよッ!!   
               
      剣刺し剣抜き   

 二次元世界のストライキ!!    黙れよライミー!
                  ミントですが……

          必殺・香辛パレードギャラクシー(劇場版コウシンジャーより)
    
      三太、苦労す
                        
                驚きのニュースが入ってまいりました
                      オーキドの謝罪 
      延髄撃ち          ドリーム・クラッシャー
         咆哮領邦             カルマ返し(帝王バージョン)   
  ベルガモット・ファイヤー        ハンカチ拾い
          例の小瓶            メロン・スペシャル    
  ペスト? ペスト!? ペスト!!!
    ニセモノヴォルケーノ           そうだよ、ライムだもん……
     念願の合体奥義・柑橘フラッシュ       虎空閃・龍
           バーオ~バーブ~        花葉砕拳 
              ジャーーマン・スープレックス  
        コンビネーション・スープレックス 

   ビビデバビデブ  冥界突き・獄

      バイオレット・ハザード  絶・天草抜刀葉     
  タラゴニック・レーザー   死ねェええェええぇえええッ!!
    強襲・鈴木軍団   エスト! エスト!! エスト!!!


         成すがままに
                            
        友情奥義・ガットフォセ家の日常アタック   
                     おお心の友よ
                     こころのとも鉄槌
               
   礼名大詠唱


                    
                   風葉拳
              パンプキン・ボム    
                                   
     TOTO社の反射衛生砲             

                 
       
    『洗い草』――……『悪の華』の名において命ず!!


    天の川銀河大戦
     連帯カルマ返し



痴話ゲンカ

 

                                ドコドコパンチ

  『世界樹』の恵み

 

 訓練場フロアの道場に集まっている精霊の一体誰が、この結果を予想したであろうか。
 かわいくて幼げのあったラヴァーレは、別人のように顔つきを変え、洗練された動きで戦って――いや、魔獣を一方的に蹂躙していた。

 その風は、万年億年と、宇宙の幾千幾万の大戦を経験した戦神そのものだった。
        
 もはやボロ雑巾のように、ボロボロのボッコボコなったバトルプー。
 黄色い毛並みは血で汚れ、ベトベトに乱れていた。牙と爪も、ひとつ残らずすべてへし折られ無残極まりない姿になっている。
 かろうじて息はあるものの、それでも立っていられるのは、王者としてのプライドがきっと、そうさせるのだろう。
 フジュゥ、フジュゥ~っと、虫の息で訴えるのは、どんな感情だろうか。どんな想いだろうか。最後まで挫けない闘志――あるいは、情けを乞っているのだろうか。
「おいおい、手加減ならしたさ。なるべく純粋な体術だけで勝負したんだぜ!(技名はカッコつけただけ)」
「じゅ……バワァ」
「しょうがないさ、お前だってこの娘に対してそうしただろ? 嫌だったら、次からは相手の気持ちになって考えることだな」
「ばががが、ワジュ」
「言い訳は無用。弱肉強食は自然の摂理だが、周囲のバランスを壊すほど、欲に走り、好き勝手やってたよなあ、本来の役目を忘れてな。上から見てたから全部知ってんだぜ? だから今こうして、連合に捕獲されたんだろ」
 そう言うと彼女は、全身全霊の念と神気を体に溜め始めた。
 反動で周囲の石や砂が浮き始める。妖艶なのに、どこまでも清々しい紫色の波動が稲妻のようにバチバチバリバリと、ラヴァーレの体を駆け抜ける。
「安心しろ、殺しはしない。後でカモミールが治療してくれるさ。今後は心を入れ替えて、せいぜい精進するんだな」
 一方的な蹂躙が予想されていたテストは意外な展開を見せた。蹂躙は予想どおりだったが、蹂躙したのは、ラヴァーレのほうだった。
「バガガガグォォォォォ」
「ふん、ガンコ者が。そろそろ俺の前から――」
 大きく胸を反らすと。

「消え失せろ!!!」

 必殺のドコドコパンチでバトルプーをブッ飛ばす。激しいダメージで身動きが取れず、顔にモロに入ったドコドコパンチ。
 伸びていく顔を追いかけるように、一瞬遅れてついていく巨体。一拍の間を置き、バトルプーは一直線に道場の中へ、ドバッシャ―――ンと破砕音を響かせながら消えていった。

 

 静まり返った空間。

 

 わあぁあぁあぁあぁあぁあ
 おぉぉぉぉぉぉおおおおお

 ラヴァーレがふと気付くと、学生、生徒たちの大歓声が轟いていた。

 天才だ!!  すげええ!    期待のホープだ!   
    ヤバイ!!         カッコイイ!!
 スッゲェェェェ!?     感動した!   あの子だれ!?  

            『征服の草』の娘よ 
          え!?       結婚ってマジだったの!?

 大勢の学生や生徒たちがラヴァーレに詰め寄り、褒めそやしてくる。

 助けてくれてありがとう! 
 君、すごいな! 
 結婚してください! 
 私も!
 ぜひ野球部へ入ってくれ!
 おい、ルール違反だぞ! それはそうと、バスケに興味ある?

 ――……あれ? なんでこんなに、お花がいるんだろう?
 わたし、クマと戦って……あれ? クマは?
「あの技の数々、すごいよ、芸術だ」
「どこで修行したんだい?」
「今度ウチの子らにも稽古つけてくれよ」
「最高のエンターテインメントだったわ! 最後のバトルプーへの一撃もも~~~う! 痺れたし! ――ねえ、演劇やってみない? あなたなら大スター間違いなしよ!」
 ? え、わたし、クマ……倒したの? そーいえば、戦ってたんだっけ?
 いませんけど……
 痛ッ!!! ? え? ――!!!?
 あ、ぅあ、あがっ――ガハッア――ゲホッ――
 血を吐いた瞬間ラヴァーレは力が抜け、ガクンと崩れ落ちた。プツンと意識が途切れてしまった。それなのに、訓練場はどこもかしこも大盛り上がりだ。
 ミンテがラヴァーレに近づこうと、邪魔なアカデミー生たちの波に悪戦苦闘している最中――大歓声の中ひっそりと、騒ぎにまぎれるように消える精霊がいた。

「藤、麻子、帰るぞ。素晴らしい! これは良い芽を見つけた」