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のほほんほわほわ

植物擬人化小説『ラベンダーさん』が読めます

支援学校の発表会

先日、支援学校の発表会に行ってきました。

 

ダンスを踊ったり、劇をしたり、

オリンピックを開いて手作りのボートに乗ったり

カヌーのパドルを持って舞台上の障害物を避けて行ったり、

楽器を演奏したりしていて、楽しませて頂きました。

 

みんっな!! とっても可愛かったです!!!

キュートで、キュートで!!

 

舞台の横の壁には画面が付いていて、舞台上では

時間の都合上できないオリンピックの他の競技の

映像が流れるんだけど、レースでうちの小学4年生のもんもんくんが

バトンを受け取って駆けていく姿が、一番カッコよかった。

おせじではなく本当に。

もんもぉぉぉん!!

すっげえカッコよかった!!

運動が好きな性格というのが、功を奏したんだろうな。

 

赤オニちゃんも、カヌーやフラフープの踊りを不安そう?

めんどくさそう? な顔だったけど、

できていてよかった。

 

正直なことを書くと、発音が苦手な子の言っていることが

よく聞き取れなかったり、催しとしてのクオリティが低いかもしれません。

まったく気にならなかったといえば嘘になりますが、

どうでもよかったです。

障害を持っていても。できることが限られてはいても。

みんな楽しんで練習した演目を披露していたし、

そんなみんなの姿を見るのが、ぼくも楽しくて楽しくて。

 

クオリティは、たいしたことはないです。

例えば劇団四季のミュージカルとか、シルク・ドゥ・ソレイユ

のほうがはるかにレベルは高いけど、

この発表会は、それとは別種の感動がありました。

 

『命』を感じる。

 

障害を持った子たちが、文字通り一生懸命に生きていること。

いま自分が何をやっているのかもわからない子もいるけど、

側で先生に手助けしてもらいながら、それでも楽しんで生きていること。

 

純粋に、すごいと思いました。

障害を何も持たない人たちでも、人生を楽しむことができない人は

たくさんいて、たくさんいて。

ぼくたちは自分の脚で行きたい場所に行って、

自分の目で見たい夢を見ることができるのに、不満ばっかり言って。

 

これも、差別発言にとられてしまうかもしれませんが、

自分は健全な体と脳を持って生まれたのに、

もっともっと頑張れるのに、何をやっているんだろう?

そう想いました。(ぼくの場合、もうちょっと休んだほうがいいのかもしれないけど)

『命』と向き合って生きるのは、彼らのほうが

ぼくたちよりも上手で、ちょっとうらやましいとも思いました。

もちろんぼくだって、今までの人生や転生でいろんな経験をしたはず

だけど、自分の『命』と向き合って生きているけど、

彼らのほうが、ずっとずっと上手。

 

来てよかった。

 

最後の演目は児童全員で流行りのダンスを踊るのだが、

赤オニちゃんのクラスがぼくの座席の斜め前で待機しているとき、

ぼくはなんとか赤オニちゃんに気づいてもらえた。

手を振ると、赤オニちゃんはこぼれるような笑顔を見せ、

しばらくの間勢いよくぼくに手のひらを振っていた。

……演目中よりも元気だな。

もう1回手を振ると、また勢いよくけっこうな間手のひらを振っていた。

先生がちょっとビックリしたぐらい元気だ。

それにしても、親御さんはたくさん来ているのに

どの児童よりも長い時間、元気よく、赤オニちゃん

はぼくに手を振ってくれていたな。

参った。人に好かれるのは苦手なのに。

もんもんも気づいてくれてよかった。

 

最後の演目のダンスが終わり、教室に帰る時、

仕切りの側まで近づいたぼくは、赤オニちゃんに声をかけることができた。

「赤オニちゃん、とってもよかったよ、すごいかわいかった」

すると赤オニちゃんは、笑顔になった。

この種類の笑顔をぼくは知っている。

これは、彼氏がやってきたときの彼女の顔だ。

ま、赤オニちゃんが幸せそうなら、それでいっか。

恋をして、成長してくれ!

 

そういえばこんな言葉があるな。

「女性ピアニストは、男を知って上手くなる。

男性ピアニストは、女を知ってダメになる」

 

恋で赤オニちゃんの世界が広くなるなら、職業冥利に尽きる。

 

この日は、もんもんのお母さんも来ていた。

もんもんの家は、ぼくも詳しくは知らないが、

お父さんもお母さんも家を出て行ってしまい、

いまはおじいちゃんとおばあちゃん、それにおばさんと

一緒に暮らしているらしい。

同僚から「裁判で会ったらダメって言われてるそうよ。

だからこうやって内緒で来てるみたい。わたし、前にもんもんくんを

よろしくって言われた」

 

やめてくれよ! 俺そういう話弱いんだから!

泣いちゃうよ。涙出なかったけど。

去年あたりからぼくの人生はどうも、愛を学ぶ時期に入っているらしい。

 

もんもんくんのお母さんをぼくは、お母さんだなと思った。

ちなみにぼくのお母さんは、裁判所から会ってはいけないと

言われていたにもかかわらず、平気で不倫相手とイチャイチャしていたので、

お母さんってどうしてこんなにも違うんだろう? と思った。

 

ちゃんちゃん♫(オチつけてみた)