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のほほんほわほわ

植物擬人化小説『ラベンダーさん』が読めます

第2輪 ラベンダーさんとオレンジくん2


「いってぇな!」

 

呼吸が止まりそうになるぐらいの痛みに頭を押さえながら上を見上げると、

 

そこにはスーツを着た中年の男性が立っていた。

 

彼は一見するとサラリーマンにも見えるが、眉間に刻まれた深いシワからは

 

職人気質な頑固さがうかがえた。

 

近よりがたい雰囲気もあるが、顔にかけている丸メガネがとてもおちゃめで、

 

親しみやすい印象を与えている。頭に関しては、ノーコメントだ。

 

「何をしてるんだふたりとも」

 

男性は険しい声音でそう言うと、しゃがんで目線をオレらに合わてきた。

 

上から頭ごなしに説教するのではなく、何があったのか、

 

ちゃんと聴こうというのだ。

 

長いこと人間を見てきたが、人の話に耳を傾けられる人間は

 

総じて賢いやつが多いよなぁ、とオレがひとり感心していると、

 

横からプンスカと文句を言う声が聞こえてきた。

 

「ちょっとガトフォセ! なんで私までぶつのよ」

 

見ると、ふくれっ面のラベンダーがガトフォセに不満をぶつけていた。

 

(ざまあみろ)

 

ガトフォセは困ったように笑うと、首を振り、ラベンダーに向き直る。

 

「ラベンダーさん、ここには薬品や、お客様に届ける精油があるんだから、

 

遊んだらダメっていつも言ってるでしょ」

 

「私、遊んでなんかいないわ」下品な小娘は胸を張り、堂々と言い訳し始めた。

 

「オレンジがいきなり追いかけてきたから、逃げただけよ」

 

その言葉を聞き、オレは目を見開いた。

 

「こら、オレンジ! いきなりヒトを追いかけるなんて悪趣味だぞ」

 

ガトフォセの予想外の言葉に少なからずショックを受けながら、

 

「いや、ちがう、オレじゃ……ちがう」否定したオレは、

 

ガトフォセのニヤけた目から、こちらの反応を楽しんでいるのだと理解すると、

 

横に残ったわずかな髪を引っつかんでやった。「こらオッサン」

 

「オレンジ!」ガトフォセが叫んだ。

 

ビクッと身体がすくむ。急に大声を出されてドキドキ驚いていると、

 

「ゴメンナサイ、手を離してください」と、

 

大の大人とは思えない情けない声が聞こえてきたので、離してやった。

 

「ま、どうせラベンダーさんが悪いんでしょ?」

 

ひとつせき払いをして、姿勢を正したガトフォセがそう言うと、

 

小娘はご立腹といった様子で暴れだした。

 

「決めつけるのはよくないわ! ちゃんと話を聞きなさいよ」

 

ガトフォセのしかたないという表情を見て、オレはことの顛末を話した。

 

「ふむ。つまり、けっきょくラベンダーさんが悪いんだよね?」

 

「ち、ちがうもん」

 

一気に立場の悪くなったラベンダーに、「いー、ざまあみろ」と言ってやった。

 

オレはぐ~っとわざとらしく背伸びすると、「さて、もうひと眠りするかな~」

 

ふたりに背を向けて歩き出した。

 

勝利の雄たけびを内心であげながら、戦場から凱旋し、

 

パレードに参加している将軍のような心持ちで階段をのぼり始める。

 

だがしかし、オレを待っていたのはクーデター後の新政権だった。

 

「あいつが、ナンパしてたのが悪いんだもん」

 

銃を構えられたように、オレさまの動きはピタリと止まってしまった。

 

「さっきオレンジは、部屋で寝ていたところをバカにされたから

 

追いかけたって言ってたけど、私がバカにしたのは、

 

仕事をさぼって女の子をナンパしていたからよ」

 

ラベンダーめ、この期におよんで往生ぎわの悪いヤツだ。

 

「だから、それは彼女の心の状態があまりにも不安定だったから。

しかたないだろ」

 

オレたち精霊は、人間の精神状態にとても敏感だ。

 

昼間の女の子に関しちゃあいつも、

 

オレがウソを言っていないということはわかっているだろう。

 

(……きっと。なぜこうも自信がないのかというと、
このラベンダーという女、頭が少々……)

 

じゃあな、と手を振りおさらばしようとしたが、ラベンダーの追撃はやまなかった。

 

「じゃあ、その前に話しかけた8人の女の子たちもみんな、

不安定な状態だったわけね」

 

パンッと勢いよく飛び出した弾丸がオレの脚を撃ち抜いた。ぐふっ。
これはマズい!

 

(キミたちが何を言いたいのかはわかる。
でも言い訳をさせてくれ。こうは考えられないか?
その日たまたま、精神的にとても病んでいる女の子たちと、
たった数時間のうちにぶっ続けに出会ってしまったと)

 

「オレンジ、これはどういうことだい」

 

ガトフォセが怪訝な顔でこちらを見てくる。

 

オレは、しらりとイヤな汗が首筋を流れるのを感じた。

 

――まさか、今朝からずっとオレの後をつけていたのか!?

 

「ま、まってくれ、誤解だ! ちゃんとパトロールもしていたさ! 

変な疫病がうろついてないかとか、さ」

 

必死に弁解したが、ラベンダーの辛辣な言葉の銃弾がさらにオレを襲う。

 

「変な疫病はおまえだよ」

 

悪意とトゲがびっしり生えたムチで、

 

オレは縛り上げられたように動けなくなってしまった。

 

「香りを使って女の子を誘惑してお茶なんかして、

ずいぶんお楽しみだったじゃない

服務規程違反で上に報告してやる」

 

完全に立場が逆転したラベンダーは、まるで革命家のように力強く叫びをあげ、

 

オレさまのとても健全な心

 

(人によっては、腐った性根と言うやつもいるかもしれない)

に剣を突きたてた。

 

「これでもし本物の疫病をみのがしていたら、
真っ先にペストのエサにしてやるからな」

 

――ペスト

 

その言葉を聞いて背筋がゾクッとした。

 

かつて幾度となく人類を苦しめてきた、疫病の名だ。

 

医療が少しは発達し、人々はずいぶんと平和に暮らせるようになった。

 

だからなのか、オレは……。少し、気がゆるんでいたのかもしれないな。

 

オレは自分のおこないを恥じた。悔やんだ。それゆえに、すなおに謝ることにした。

 

「もうしわけなかった」

 

少しの間をおいて、ガトフォセが「頭を上げなさい」と、うながしてくる。

 

仲なおりの握手をしようというのだ。いくつだよと思うが、

 

ラベンダーのほうは手をのばしてくる。

 

オレは、2階の部屋でバカにされていた時とは別の恥ずかしさに

 

顔を赤くしてとまどっていると、ラベンダーが手をつかんできた。

 

そっぽを向きながらも、それでいてしっかり握るので、

 

こちらもしっかりと握り返した。

 

仲なおりの握手を交わしたふたりを見て、

 

ガトフォセは子供の成長を見守る親のように微笑んだ。

 

ガトフォセが満足気にうなずいていると、

 

「ああそうだ」思い出したようにオレンジが言った。

 

「ひとつ、訂正しておきたいことがある」

 

なによ? とラベンダーに視線で問われたので、オレンジは答えた。

 

「7人だ」

 

「は?」

何のことかわからず間の抜けた顔をしたラベンダーとガトフォセに、

 

オレンジは説明するように続けた。

 

「ナンパしたのは9人じゃなくて、7人だ」

 

オレンジの要求は、巡回中にナンパをしていたのは確かに悪かったが、

 

1日ナンパは7人までの掟(オレンジの自分ルール)は守っていたので、

 

数字を盛ったことに対して謝ってほしいというものだった。

 

このメチャクチャな言い分についに、ラベンダーの堪忍袋の緒が切れる。

 

うつむきながら拳をわなわなと震わせ、う~とうなると、怒りを大爆発させた。

 

「そんなこと知るかああああああ」

 

噴火みたいな勢いでオレンジの顔面に拳がめりこんだ。

 

ゴッという硬い音が響き、オレンジの体は壁まで飛んでいく。

 

「ぐへッ!」
 
のびたオレンジを哀れみながら、濃いめのコーヒーを静かにすすると、

 

ガトフォセは、誰にともなくそっと告げた。

 

「ああ、今日はいい天気だな」

 

大混乱の時代に差した一時の光に、


ガトフォセは少しだけ心をなごませる。

 

しかし彼のつぶやいた味のある深い声が、オレンジに届くことはなかった。