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のほほんほわほわ

植物擬人化小説『ラベンダーさん』が読めます

第17話 子の心親知らず

ラベンダーさんと征服の草Ⅰ アトランティスへの不満


 備蓄は済んだか?
             ――オリバナム   

 

 はっ、あっ、ああ……あ、はぅっヴ~~~っ、あ。
 
 ラヴァーレは、部屋の壁によりかかっていた。
 駆けこんだ当初、ワープ装置の使い方が分からなかったが、ミンテの見よう見まねでなんとなく、Ⅰと書いてあるボタンを押してみた。
すると、少しの間を置いて部屋の扉が閉まり、追ってくる男の花の姿が見えなくなる。扉が閉まっても怒鳴り声が聞こえたのでビックリしたが、部屋がそのまま微かな浮遊感をともない始めたので、おそらくワープは成功したのだろうと思った。

 ――は、は、っあ~~~ぅ。。。

 意識が朦朧とするさなか、壁によりかかっていると体がラクで、少しの間、そのまま意識を失ってしまった。

 ねえ、大丈夫? ねえ

 体が揺すられたので目を開けると、女子生徒がふたり、怯えた表情でラヴァーレの前に立っていた。
 しまった! 慌ててラヴァーレはエレベーターから飛び出し、本館一階の大列柱廊を、直感で左へ駆け抜ける。通り過ぎるラヴァーレを見た花たちが、皆一様にぎょっとしていた。それもそのはず、ラヴァーレはライトブルーの病衣を着ていたからだ。
先生や神霊、他の関係者はさておき、アカデミー生は基本的に制服の着用が義務づけられている(規則を守るかどうかは別として)。制服姿の花たちが大勢行き来するここ――大列柱廊で、彼女の病衣姿はたたでさえ目立つのに、しかもそのライトブルーの服は吐いた血で赤く染まっていた。
 釘づけにならないわけがなかった。
 しかしラヴァーレは、周りの視線など一切お構いなしにヒトの群れをかき分け走り続け、ついに本館のエントランスホールを抜け外に出た。
 ……まぶしい。
 残酷なまでに降り注ぐ太陽光線が、原子爆弾のように体を溶かしそうだったが、ようやく見覚えのある外の場所に出られたことに、ほっとする。 
 そして少女は、走る、走る。
 走っていてラヴァーレは、ふと気づく。

 ――体が、さっきより、ラクだ……
 
 体内で成長したエイリアンが、暴れまわってお腹を突き破ってくるようなとんでもない激痛がしていたのに、かなり和らいでいるのだ。これだけ走っているにもかかわらず。
 まだ相当な痛みはあるものの、今ならもっと速く走れそうだった。
 ラヴァーレは思う。もしかしたら、神様が力を貸してくれたのかも。そんなものいるわけないけど、力を貸してくれるというなら、ありがたい。
 文字通り全身全霊で、彼女は足に力をこめる。腕をいっぱいに振り抜くと、よじれたお腹が悲鳴をあげたが、脳にはささやき声ほどにしか認識されなかったので、激痛とまでは感じなかった。

 走って走って走って――とにかく走った。

 走る、走る。
 走って走った。

 四本のオベリスクに囲まれた噴水広場を通り過ぎ、第三区画全体を囲む回廊を横切り、第二区画へと続く坂道を駆け下りる。
 途中、ミンテと会うのではないかと期待したが、ミンテらしき花はどこにも見当たらなかった。もしかしたらもう、ミンテはとっくの昔にアカデミーを出ていったのかもしれない。だが、それならそれで構わない、追いかけるだけだ。
 そしてまた走り出すが、急に何かが食道にこみ上げてくる。食道がズブジュボッと、つまった排水口のような音をたて、何かを通そうと無理に広がる。
「カッ――」息ができな、苦――助けて。
 ピッコロ大魔王が口から卵を出すように、食道に何かが詰まって尋常じゃない痛みに襲われる。初めての経験に、死神――いや、ニンゲンのような恐怖がラヴァーレの茎に鎌を突き立てる。
 目の血管はブチぎれ、神経という神経が暴れまわり、脳が破裂しそうだった。
「~~~ッ」
 手がぶらんと、力なく垂れ下がっても、まだ食道で、何かがもがいている。目からは涙と血、口からは赤が混じった透明な液が流れ出て、激しい痛みが、一歩もその場を動くことを許さない。いつ意識が飛んでもおかしくない苦しみを味わっているのに、最悪なことに、意識はなかなか途切れてくれない。早く出て欲しいのに、イジワルなのか、恥ずかしがっているのか(だとしたら、はた迷惑なシャイだ)、ずっと食道にとどまっている。
「ぅ――ぁ――あ」
 声にならない叫びをあげた時、とうとう喉元まで、それはやってきた。口の中に血の味が広がる。舌が感じ取った気持ち悪い味に体が反応し、吐き出す力がいっそう強くなる。
そして――

 ビチャビチャビチャ

 …………

 赤黒い大きな塊が地面に落ちた。
「キャアアアアア!!」
 その様子を目撃していた女子生徒が、金切り声をあげる。
 明らかに出てしまってはいけないものが出てしまったが、ラヴァーレはラッキーだと思った。苦しみから解放され、体もなんだかスッキリし、軽くなった。
 そしてまた、全力疾走で走る。
 今のラヴァーレにはもう、正常な思考、感覚がなかった。ミンテと一緒でなければ、自分は生きられない。死が待っているのだ。だから、他のことは、どうでもいい。
左右を見まわしながら、第二区画の朱い鳥居をくぐり、橋を渡り、また鳥居をくぐり、第一区画へと続く坂の手前まで来たところで。
 少女は……うなだれてしまった。
 ミンテは、いなかった。
 およそ3階分の高さから、門まで続くスフィンクス参道を呆然と眺めていたが、やはり、ミンテの姿はない。
 よたよたと歩きながら、坂の上からグラウンドや厩舎など、第一区画中を見渡したが……どこにもいない。

 遅かった……わた、しは、ミン、テを…………
 ひょっ、ひょとしたら、ミンッては、まだ、アカデミーの中にいるかもしれない。
そ、そうだ。だって、いっしょうけんめい走ったんだもん。だから、知らない間に追い抜いちゃったということも、あるのかも。
そ、そうだ、きっとまだ、アカデミーの中にいるんだ。でも、もしもう、お外に出ちゃってたら……
 とりあえず、今まで走ってきてミンテを見かけなかったんだから、一度、外の様子を見てみよう。

 元気をなくしたようにとぼとぼ参道を歩き、第一区画の中心を過ぎてしばらく歩いたところで、門の付近に立っていた守衛さんが真っ赤に染まった服のラヴァーレに気がついた。目と目が合う。
 あ……やばっ。
「あ、おい!」守衛さんの大声を聞いて、ラヴァーレは慌てた。「君か、待ちなさい!」
 捕まったら、おそらくあの場所に戻されるのだろう。そうなれば、ミンテを探すどころではない。そう本能的に感じ取ったラヴァーレは、踵を返し逃げようとして――
 ドンと何かにぶつかった。
「捕まえた」
「ぐっ、はなして!」
 しまった! 両手で肩をがっしりと握りしめられ、動けない。
 どうしよう! どうしよう! どうしよう!
 ミンテが、ミンテが行ってしまう!! もう、会えなくなっちゃう!
 ミンテと…………みんて……と…… 
 あれ、この香りは――