読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

のほほんほわほわ

植物擬人化小説『ラベンダーさん』が読めます

第3話 ミルラ先輩

ラベンダーさんと征服の草Ⅰ アトランティスへの不満

 


 ミンテは、まだ精霊としての自覚がなく、いつまでも自分のことをお花だと思いこんでいたわたしに、声をかけてくれたの。あの頃は精霊として生まれたばかりで、記憶が混同していてごっちゃになってたな……いま思えば、なつかしいわ。
 お花として視ていた世界。精霊として、魂で感じていた世界。それから、なんとなく自分の中に、土を通して……というか、ずっとずっと高い、遥か空の上から頭に、情報が流れてくるというか……。とにかく、いろいろあってまだ寝ぼけていたのよ、わたしは
            ――ラヴァーレ

 

 

「アッハハハハハハハ」
 ミンテはひとしきり、先輩と呼んだ人物との再開の喜びを堪能すると、ふと、じっと先輩の顔を見た。そして、氾濫した川のように吹き出し続けていた。庭中に大人ミンテの笑い声が響きわたる中、ラヴァーレは下を向いて、顔を赤くしている。
「あーお腹いたいー、アッハッハッハァ」ゲホ、ハハハハハハハハ。
「もうやめてやれ、ミンテ。私もいたたまれない」
「いや、だって、ウフフッ、先輩が、〈ドコドコさん〉だってアハハ」
 ラヴァーレは拳を硬く握りしめ、さっきとはちがう種類の涙を、目元にためている。ミンテはそれに気付くと、ごめんごめんと頭をなで、客人を紹介した。
「ラヴァーレ、こちらは先輩のミルラさん。とっても偉い聖霊よ。先輩が〈ドコドコさん〉だっていうのは、まあ、ある意味正解かもね」
「どういう意味だ。それに、お前はまだ〈ドコドコさん〉とか言っているのか。そんなものは存在しない」
「セーンパイは冷たいなー。いいじゃない、ロマンがあって」
「そういうのはロマンとは言わない、ホラーと言うんだ」
 まあ立ち話もなんだから家に入って、と言うミンテに、ミルラはすぐに帰るからここでいいと断った。だが、ミンテが相当な力で強引にミルラの体を引きずっていたので、しぶしぶ家に入り席に着く。ミルラはひとつ咳払いをすると、さっそく話し始めた。
「私がなぜ来たのか。分かっているな? ミンテ」
「もちろんよ。愛する後輩と一緒に、〈ドコドコさん〉を探すツアーに行くためでしょ? この日のために私、ずっと準備してました」
「そうだ。このまま彼を野放しにしておけば、いずれ世界は滅ぶだろう」
「先輩、やっと私の気持ちが届いてくれたんですね」
「ああミンテ、今まで邪険にしてすまなかったな。私もやっと、〈ドコドコさん〉の恐ろしさに気付いたよ」
「ミンテ、ミンテ! ひとり芝居はやめてくれ」ミルラは、ミルラのフリをしてひとりでしゃべり続けるミンテを止めると、違うと冷たく言い放った。ついでに〈ドコドコさん〉などいないと断言した。ミルラの表情は包帯に隠れてうかがえないが、たぶん……疲れていると、作者もそう思う。
 もう一度ミルラは咳払いをすると、厳かに話し始めた。
「お前は長く休み過ぎだ。近頃ポックスの動きが激しくなってきている。それに、チュバキュローシスもどうやら、北上してきているようだ。戦線復帰してもらうぞ」
「ほぇ~い」
「なんだ、その気の抜けた返事は」
「だって、ねぇ……。聞いてラヴァーレ、この包帯ぐるぐるモンスターはね、私とラヴァーレの楽しい家族生活を、壊そうってのよ」
「……お前、誰のせいでこうなったと思っているんだ?」
「それは、その、ゴメンナサイ」
「誠意が足りんな」
「申し訳ございませんでした」
「あー、よく聞こえんな」
「そんなグルグル巻いてるからじゃない?」
「よくもそんなことが言えたな!」
「今では気に入ってるくせに」
「悪いか」
 一触即発の火花が散る中、ラヴァーレはテーブルに頬杖を突き、バウムクーヘンが食べたいと切に願っていた。
 ミンテは悲しそうに目を伏せると、ハァ、とため息をつき、残念そうに首を振る。
「いつかは……この日が来ると思っていたわ。ええ。ただ、ラヴァーレとの毎日が本当に楽しくて楽しくて、ずっと、先延ばしに……してしまって」
「そうか。ところで、その子はどこまで出来るんだ?」
「…………てへっ☆(ペロリ)」
「おい、まさか、何も教えていないのか!?」
 ミルラはこぼれんばかりに目を見開いた。もっとも、表情が隠されているので実際にそう見えているわけではないが、目のあたりの包帯が微かに揺れていた。
 リビングに、ミルラの怒鳴り声が響く。
「一体どれだけ休暇を取っていると思っているんだ! その子のこともそうだが、自分の立場を分かっているのか!?」
「い~分かってますってば、ラヴァーレはつい最近見つけたから(最近と言っても、私と人との時間感覚は違うから、人から見たらとんでもない時間でしょうね。これでなんとか先輩をごまかせたらいいな)、まだ精霊としての自覚が薄いんですよ。ほんと、マジ。だからアカデミーも、もう少ししたら連れてくとこだったんですぅ」
「嘘を吐くんじゃない! お前のその子に対する感情の入れ具合は、つい最近見つけたそれじゃないだろう! まったく、お前って奴は昔っから……」
 ああ、また先輩のお説教が始まってしまった! こうなると、どんなタチの悪い疫病も、ウンザリして体から出ていくんだわ、きっと。
 とミンテが思ったところで、袖を引っ張る感触があった。
「ね、わたし、アカデミーってところに行くの?」
 ナイス、ラヴァーレ! グッドな話題の転換だわ、と心で褒め称えながらミンテは微笑んだ。
「そうよ。これからケメトにあるアカデミーに入って、立派な精霊になるための勉強や訓練をするの。本当はそれまでに、ある程度の基礎を教えておくつもりだったんだけど、あなたと過ごす毎日があまりにも楽しくて、幸せで……今まで教えてあげられなくて、ごめんなさい」
 ラヴァーレはニッコリほほ笑むと、別にいいよ、と言った。そして少し考えた後、不安そうな顔をする。
「でも、アカデミーに入ると、ミンテは? わたし、ミンテと一緒にいられるんだよね?」
「…………」
「ねえ、ミンテ」
 顔が崩れるように泣きそうなラヴァーレを見て、ミンテも思わず、胸にこみ上げるものを感じた。今までずっと一緒だったのだ。長く会えなくなると思うと、別れは辛い。心臓のあたりが、焼けるように熱くなる。
 ミンテはラヴァーレを優しく抱きしめると、感極まりながらも、震える声を、押さえて言った。
「ラヴァーレ、よく聞いて。私が、今までずっと世界をめぐりまわっていたことは、話したことがあったわね? 世界の秩序、バランスを保つために。そして、人々の成長をサポートするために。あなたと出会えたことは、神様からの、とてもステキなご褒美だと思ってる。だけど、もう充分過ぎるほどに、私は恵みを受け取った。そろそろ精霊としての仕事に戻らないと……しばらくの間は……離れ離れになってしまうけど――」
「そんなのやだ! わたしアカデミーなんて絶対、絶対行かないからね!」
 ラヴァーレは、肺の中の息を出し惜しみすることなくすべてしぼり出し、懸命に訴える。禿げた大地のように荒げた声には、ミンテも心が苦しんだ。横に視線をそらしながら、静かに答える。
「ラヴァーレ……これは決まりなのよ。この辺りで生まれた精霊はみんな、ケメトのアカデミーに入って、精霊としての生き方を、学ばなければいけないわ。あなたも本当は、自分が何をすべきか、心の底では分かっているはずよ。……今日がその、きっかけの日なのよ」
「行かない行かない行かない行かない、行かないもん!」
 う~と唸る少女の目を、今度はしっかりと見据え、ミンテは、先達者として向き合う覚悟をした。
 そこにはもう、いつものおちゃらけたミンテはいなかった。ただ、人々を光のあるほうへ導く、ひとりの精霊がいた。
「そう……――じゃあ、ラヴァーレが行かないなら、私もお仕事に行くのやーめた。ふたりで仲良く、いつまでもここで遊びましょうか。私もそのほうが嬉しいわ。だって、あなたといられるんだもの。ケメトやここ、クレッセント一帯が、ポックスやチュバキュローシスに滅ぼされたとしても、私は何も悪くない」
 その言葉は、幼い少女を諭すには十分過ぎるほど威力があった。
「……ぅ、ずるい女だわ……そんなことを、言われたら……」
 ラヴァーレの顔はもう、くしゃくしゃだった。
「そうよ。でも、あなたを説得できるなら、私はズルくてもかまわない」そこで言葉を切ったミンテは、一呼吸置き、無理して明るく続ける。
「大丈夫、アカデミーは楽しいところだから、大丈夫! 私と出会ってくれて、ありがとう、愛してる!」
「ミンテ!」
 ミンテとラヴァーレは、互いに強く抱きしめ合いながら、もう我慢できないとばかりにわんわん泣いた。
 その様子をミルラは、表情のうかがえない顔で眺めていた。決してミンテには自分の気持ちを悟られないように。
 そして心の中では、こうも思うのだった。
 私、この後まだ仕事があるから早く帰りたいんだけどな。

 やがて落ち着きを取り戻したミンテは、ミルラとふたこと、みこと会話をした後、「そういえばまだ、先輩に何も出していなかったわ」と言って、キッチンへ向かった。   
 ミルラのほうは、「いや、もう時間がないから」と帰ろうとしたのだが、ミンテが「1杯だけでいいから、飲んで行って」と切に頼みこむので、仕方なく席に戻った。
 ラヴァーレはミンテが運んできたものを見て、正気を疑った。
 それ、お客さんに出すの? ミンテが手に持ってきた杯。それは――

 ――悪魔の飲み物、ブラックモンスターだ!!

 ミルラは急いでいるのかすぐ手に取って飲み始めた。
 あっ。ラヴァーレが声を出そうとした時には、すでに遅かった。
「ブバッ!? なんだこれ! おい、イタズラにも程があるぞ!」
「ウソでしょ、ちょっと貸して。ほら、美味しいよ?」
「お前、どういう味覚してるんだ!」

 ラヴァーレは、ミルラさんのことがちょっとだけ好きになった。