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のほほんほわほわ

植物擬人化小説『ラベンダーさん』が読めます

第9話 これがワープかぁ


 ……休日って、何するんだっけ?
           ――ミルラ

 

 第三区画は特に活気にあふれているように見えた。
 第一区画や第二区画でも、いろいろな服を着たアカデミー生たちが大勢いて華めいた印象だったが、ここ、第三区画はことさら花の行き来が多い。
 ラヴァーレは、ぶつからないようにしっかり大人ミンテと手をつなぎ、まっすぐアカデミー本館へと歩いた。まだ少し距離はあったがラヴァーレたちの目の前にはもう、大迫力の、クラシカルな白い建物が見えている。
 ケメトの熱情的なまでに熱い夕日のまなざしを受けた本館は、きらきらと輝かしい光りを放っていた。
 まるで文明の最盛期のような貫禄と勢いのあるオーラに包まれており、ドッシリとした佇まいには、決して曲がることを知らないまっすぐな信念が感じられる。そこに〝来る者拒まず、去る者追わず〟という冷たい考えはなく、物事に無関心な者にも慈悲を投げかけるような愛があり、己が道を探求する者にも、ある程度の理解と、そして道を提示するような自由、柔軟さもあるということが、情報として頭に自然に入ってくるように分かる、とても不思議な建物だった。
 構造としては、ひと回りずつ小さな六つの四角い建物が、一段一段積み重ねられた造りになっており、頂上には金色に輝くピラミッドがあった。
 ラヴァーレたちのいるところからでは、すでに近すぎてあまりピラミッドは確認できなかったが、本館自体が巨大であるため、おそらくピラミッドもかなりの大きさであろうことがうかがえた。
 建築様式はアトランティス様式(と言ってもイメージしづらいため、エーゲ海にあるようなギリシャ風の南国っぽい建物に、ひと握りのバロック様式を混ぜ、エジプトらしさはあまりないものとイメージしてくれ。え? 余計に分かりづらくなったって? まったくこれでも頑張って表現してるっていうのに……Bye by作者)が採用されており、壁には洗練されたデザインの装飾が施されている。
 地中海のように優しい青色に光るクリスタルや玉。いくつもの青色や金色の線やつるを絡ませ合った模様。ずらりと並んだシンプルな幾何学模様の窓。
 他にも、うっとりと眺めていたくなるような、目を奪われる芸術的な花柄模様の彫刻もあちこちに見られたが、建物全体を鑑賞してみると、青いクリスタルや玉、垂れ幕、渦巻いたりまっすぐ流れるエネルギーなどで飾られた白く美しい建物に、黄金の装飾でアクセントをつけたシンメトリーな構成が印象深い。
 本館の放つ、月の光を何倍にも凝縮したような清らかな高波動を受けつつ、ミンテとラヴァーレは四本のオベリスクに囲まれた噴水広場を通り抜けると、いよいよオリエント・アロマ・アカデミーの本館へ入った。
 入口に門扉はなく、白い大きな柱が横に並んでおり、柱と柱の間から中に入っていくと、そこは天井の高いアーチ型のエントランスホールになっていた。
 反対側の出口まで長く続いているエントランスホールには、人の胴体よりも何倍も太いドーリア式の柱が、かなり先まで並んでいる。荘厳さを感じさせるシンプルな柱が、作者は好きだ。柱フェチ。
 入口から入ってすぐのところにある受付へ行くと、ミンテは係りの女性に驚かれつつも、尋ねる。
「オリバナムは今どこに?」
「少々お待ちください。……『真の薫香』様は現在、第四層の三階――本館二十七階の特別会議場にて、『日の昇る評議会』にご出席されております」
 恭しく応答する受付嬢に「そ、ありがとう」と言い、去ろうとしたミンテだったが、「あの、握手してもらっても、いいですか?」と呼び止められたので、握手を交わし、先を急ぐのだった。

 広い本館の中をどんどん奥へ進んでいき、建物の中心付近で右へ曲がったミンテとわたしは、ドアがたくさんあるところへやってきた。
 ドアの前にはどれもアカデミー生たちがいっぱい並んでいたが、真ん中辺りにある豪華な装飾がされたいくつかのドアの前には、なぜか誰もいなかった。
 ミンテが豪華なドアの横に付いてるボタンを押すと、魔法みたいにドアが勝手に開いた。たくさんの花たちの視線を受けながら、その部屋の中へ一緒に入っていく。だが、部屋は行き止まりだった。
 アカデミー生たちの視線とどよめきを閉め出すように、ドアが勝手にスライドして閉まる。
「……ねえ、行き止まりだけど?」尋ねると、「まあ、見てな、ワープするから」と楽しそうにニヤニヤしながらミンテは答えた。
 またまた~と言いたいところだったけど、言葉をしゃべる石像に、浮かぶ島、勝手に動く門やドアなど、この一時間で、まるで安っぽいファンタジーのようなことをいっぱい経験したわたしは、冗談でしょとも言えなかった。
 部屋がいきなり震え始め、地震が起こったと慌てたわたしをミンテは、「ワープするための振動だから」と制す。
 わーぷ……。わーぷか。その響きに、ドキドキした。まさか、ワープする日が来るなんて、思ってもみなかった。これがワープかぁ。なんだか変な感じだ。部屋のわずかな震えと、上のほうへ体が押し上げられるような奇妙な感覚以外は、特に変わった様子はなく、ビューンとか、ズバーンとか、派手な様子もまったくない。ワープしていないようにも思えたが、すごいものっていうのは、案外こういう地味なものかもしれない。
 どうやらしばらくの間、ここでじっとしているらしいので、急いでいた時には訊けなかったことを訊いてみることにした。
「……あのさ、ミンテって、有名人なの?」
「……さぁ、どうだろ」
「いや、有名人でしょ? なんか、有名人っぽいじゃん……」
「なに? もしかして妬いてる?」
 っ。なんだかたくさんの人に、お姉さんを取られてしまったようで、そうだよと言うわけにもいかず、理由を問いたかったけど、わたしは仕方なく話題を変えることにした。なんかないか、なんかないか、と頭をひねらせて考えた結果、わたしはどうしても訊かなきゃいけないことをひとつ、思い出した。
 そうだ! 一番重要なことを、こんなに大切なことを! どうしてわたしは今まで忘れていたんだろう!?
「ねえ、ここはなんていうの!?」
「? オリエント・アロマ・アカデミーでしょ」
「そうじゃなくて! 地名よ、地名!」
「……ケメトだけど?」
「それは国名でしょ! 都市とか、町の名前は?」
「ああ。はいはい、テーベよ」
 必死なわたしを、ミンテがニヤニヤとイヤラシイ笑みで見てくる。
 ……なによ、わたしは何もおかしいことはしてないわ。自分が今どこにいるのかを知るのって(読者の諸君、人生でも大切なことよ)、自然なことでしょ? ミンテのねっとりと絡みつく視線から逃れるように、わたしはまたもや話題を変えることにした。こういう駆け引きは向こうの葉っぱが何枚も上手だから、逃げるに限るわ。
「ミンテもこのアカデミーで勉強してたの?」
「いや、私はしてない」
「? ミンテも出身はクレッセントの森でしょ? この辺で生まれた精霊はみんな、このアカデミーで修練を積むんじゃないの?」
「だって私は、このアカデミーを――」そこでチーンという音が鳴り、わたしをビクッと驚かせた。
「ほら、着いたわよ」ミンテは開いたドアからゴキゲンよろしく弾みながら、ルンルン♪ と進んでいった。

 ローズをギッシリ詰めたような柄の、真っ赤なカーペットの上を楽しそうにスキップしていくミンテ。
 大理石から造られた白と灰色が混ざり合った色合いの荘厳な廊下には、犬や鳥、ワニなどのたくさんの動物を擬人化した像、それから龍、天使などの精霊の像が、厳かに、ラヴァーレたちを監視するように台座に置かれ並んでいた。
 すげぇ! 本当にワープしたんだ! と驚いたのも束の間、ラヴァーレはまるで自分の家のように気軽に進んでいく姉に、おっかなびっくりだった。
「ちょ、まってまって、ねえ、大丈夫なの? 今どこに向かってるの?」つい小声で話しかける。
「特別会議場ってところよ」
 ふふん、と必要最低限のことだけ答えると、ミンテは何人かすれ違った精霊にHi と親しげに挨拶をして、フロアの中心付近で左に曲がりさらに奥へ進んでいく。
 この三ヵ月の旅行で世間というものをたっぷりと、勉強させられたラヴァーレだったが、三ヵ月前までは、森から一歩も出たことがない暮らしだったのだ。木や花に囲まれた素朴な生活だったのに、それが、ある程度世間を知ったとはいえ、こんなところへ来ることになるとは。
 高級な装飾や厳かで重たい雰囲気に、なんとも居心地の悪さを感じていた。

 ――像がなんだか、こっちを見ているようで怖い

 少しの間まっすぐ歩いていくと、大きな青い門扉の前へたどり着いたふたり。
 金であしらわれた華麗なつる草模様の門扉の真ん中には、幾何学図形のエネルギーが、生きているように動いている。大きい円の中には小さな円がいくつもあり、花の集まりのようにも見えれば、六芒星のようにも見える。その幾何学図形は右に回転しながらヴヴッと振動していて、時折鼓動を繰り返しながら、金や緑、紫に色彩を変えて、きれいな光の波動を放っていた。
「『征服の草』の名において命ず――開けよ」
 ミンテが詠唱すると門扉は重たい音をたて、自ずと開いた。