のほほんほわほわ

植物擬人化小説『ラベンダーさん』が読めます

第19話 オバマが到来


 おとなって嘘つきなの。ごめんね
   
            ――ミンテ

 

 音もない。光もない。色もない。温度もない
 でも、哀ならある

 闇すらまだ生まれていないような、なんとも言い難い空間の中で
 ずっと、ただよっていた
 なんだかな。自分が誰であるのかも分からなくなって
 でも、なつかしいような。何度も経験したような。あ、またダメだったのかって
 いっつもこう。ダメになっちゃうの。こうやって、あと何回繰り返すんだろうな
 どーして感情はあるんだろう。あの子たちは、感情を捨てて、上手く進化(退化)してるんだし、私もそっちがよかったな
 ねえ、そんなに強く引っ張らないで。体が痛い。まだ起きる気はないの
 どーせなら、宇宙が死んで、全部またひとつになった時に、起きたかったな
 …………
 わかったよ、行くよ
 うるさいな
 わかってるって。小言はいいから
 無限という言葉でも表せられないこの宇宙の中で
 同じ銀河系――同じ星――同じ世界――同じ国――同じ時代で。再び相まみえるということに、感謝しますよーーだ
 イダッ

?彡。.:・?゜?彡。.:・?゜?彡。.:・?゜?彡。.:・*゜

 ぱち

 

 ……
 …………。
 なんだここ
 
 

 目を覚ましたら、ピンクだった。
 ピンク……ピンク。ピンクか。
 どうでもいいや。気持ちがいいし。ふかふかだし。
 そしてまた……目をつむる。うにゃうにゃと、うずくまりながら。
 あたたかい光に包まれて。
 ぐっすり眠りを楽しんだ後。次に起き上がった時も、またピンクだった。ピンクか。
 じゃあもう一回、寝ておこう。
 すやすやすや、ぐーすかぴー。
 三回目。
 目を覚ますと、やはりまたピンクなのだ。
 もうピンクは飽きたのである。
 そういえば、ここは一体どこだろう?
 もう一回、寝ようかなあ?
 でも、たまには起き上がってみるとしよう。
 そーいえば、なんだかせまい。心地は良いけれど。
 外は、あるのかな?
 ピンク色の世界から出るには、どうしたらいいんだろうか?
 …………
 とりあえず少女は、何を思ったのか、壁に体当たりしてみることにした。
 すると――

 ――バシャン

 わ、ちょ、おぼれ、っと 
 アホな(可愛げのある)少女は、そのままおぼれて意識を失った。

?彡。.:・?゜?彡。.:・?゜?彡。.:・?゜?彡。.:・*゜
 
 静寂に包まれた泉の水面には、緑色のお盆がたくさん浮いている。
 小さなしゃぼん玉がひとつ、ふたつ。
 きらきらと光を放ちながら飛んでゆき、泉のほとりの木にぶつかった。

 ぱっちんこーー
 
 その音で目が覚めた少女は、まぶしいと思った。
 太陽の光が目に入ってくる。でも、これぐらいなら、別にいいか。
 気持ちがいい。
 ずっといつまでも、こうしていたい。でも……
 ここは……どこなんだろうか? なんだか、体がひどくグラグラする。冷たいのか、温かいのかもよく分からないが、背中が濡れている。
 濡れている?
 そうだ、この感触は、濡れているというやつだ。
 横を向くと、少女は思いっきり水を飲んでしまった。
 がぼっっパッごぼ、げほ、ぇほっ、ホン。おォッホ。
 喉の苦しみから解放された時、自分は水面にぷかぷかとただよっていることに、ようやく気がついた。
 泉の中は、とても居心地が良かった。
 うぁあは~~~、ここ、きもちいい。極楽極楽ぅ。あ~幸せだぁ~~~。
 あまりの心地良さに、しばらく目をつむって浮かんでいたのだが――

 ――――……!

 気持ちいい太陽、そよ風、水、空気。ありがたいなあと感じていたのに。
せっかく、きもちいい気分を満喫していたのに。
 全部、思い出してしまった。
 ああ、そーいえば……そうだった。わたしは、もう、頼れるヒトがいないんだった。
大好きな花は、遠くへ行ってしまったのだから。
 うすく紅潮した頬を、一筋の流れ星が伝う。
 次に生まれ変わったら、お花になりたい。 
 …………
 あ、もうお花だった。じゃあ何に、生まれ変わったらいいんだろうか。
ニンゲンだけは絶対イヤ。是が非でも嫌。
 それ以外なら、なんでもいいや。虫さんなんかもいいね。
あ、〈ドコドコさん〉になろう。決めた。
 ――……せっかく忘れかけたのに、〈ドコドコさん〉で、また思い出してしまった。
 ふたりの一番大好きなOBAKE。
わたしが一番大好きなOBAKEは、あの花も大好きなOBAKEな――の、だ。 
 このOBAKEを想う、と、忘れたいこと、を、思い出、して、まう。
 迷惑、を――かけてしまった。
 ワガマ、マを、言て、こま、せて、しまったッ。
 本当は、どうすることが良いのか、分かってたのに、わたしは、わた、しは、わが、ま、まを。い、いい、言っいてしま――
 太陽の光がけっこうまぶしくて、涙がいっぱいこぼれちゃう。

 ――ケメトに来て、よかった。ケメトの太陽なら、悲しいことも、すぐに乾かしてくれるはず。……たぶん

 少女はそのままぷかぷかと、ゆらりゆらりとただよっていた。泉の水は透明度が高く、5メートル下の底まではっきりと見渡せた。
 一時間、二時間、三時間、四時間。
 ずっと浮いていて何もしないので、作者ももう、疲れてしまった。主人公なんだから、もっと動いて欲しいのに。もう。
死んだように水面に浮かんだまま、ずっと動かない少女をほっといて、いったん自分も休憩を取ることにした作者。作者がお菓子を食べたりして、まったりタイムを満喫して帰ってくると、ラヴァーレは水面には浮かんでいなかった。
 !! ヤバイと思って見まわすと、ラヴァーレはお盆の形をした緑色の植物――オオオニバスの上で体育座りをしてうつむいていた。
 よかった。職務怠慢している間に、どこかへいなくなってしまい、主人公不在のため『ラベンダーさんシリーズ』打ち切りなんて事態にならなくて安心した。
 職務はいまん、ふぁめ、ふぇっ対(まくまく)。
 お気楽な作者とは反対に、ラヴァーレは大変ドンヨリしていた。
どーしてこういうマジメなシーンなのに、うちの作者は空気を読まずに、たいしておもしろくもないギャグをぶっこむのだろうか。
「そんなこと思ってないから、フハハ、マジメにやってよぉ~。ミンテのことで悩んでるってシーンでしょぉ? ふふっ、もう、ちょっと、これ明らかにNGでしょフフッフ」
 ラヴァーレは微笑んだ。
 
 はぁ……。いっくん(作者)の変なギャグのせいで、なんか、もうムリなんだけどぉ。
全然悲しめないや。え、これマジどーすんの? このままホントに続行するの?
 え、これOKなの!? 嘘でしょ! ムリムリ! NGにしてよ、ちょっとホホ!?

 ……なんだかんだあってテイク5(4回もNGが出て、5回目の撮影ということ)

 一時間、二時間、三時間、四時間。
 長いこと水面でぼーっと浮かんだ後、そういえばわたしは、どうしてこんなところで浮いているのか、と気づいたラヴァーレ。
近くを見れば、水面に浮かぶ大きな葉っぱがいくつもある。仰向け姿勢のままそばの葉っぱまで近づいて、なんとなく手を伸ばすと、ビックリした。
 けっこう重い……葉っぱのくせに、ぐぬぬ、沈めえ!
 沈むと思った葉っぱは存外しっかりしており、もし仮に大きな地震が来ても、そう簡単には沈まなそうであった。どうやらこの葉っぱは、ずさんな計算で(何を思ったのか)コストをかなり節約して造られた、ドケチで無責任極まりない原子力発電所なんかよりは、耐久度がずっと高そうに見える(笑)
 もしやと思い、よじ登ってみた。
 ドボン
「いや、沈んでないからッハッハやめて! 仕事しろ」
 思ったとおりだ、浮かんでいる。乗れる! すげえ、なんだこの葉っぱ!
 子供らしく素直に大はしゃぎしていたラヴァーレは、視界に入ったピンク色の物体に気がつき、横を見る。ラヴァーレが向いた先には、大きな淡いピンク色のつぼみがあった。人ひとり入れそうな大きな花は一枚だけ花弁がめくれており、だらんとしている。不格好なピンク色を見て思う。わたしは、あそこにいたんだ。
 そう、ラヴァーレは蓮の花の中にずっといたのだ。彼女が壁だと思っていたものは、実は花弁(なんちて)だったのだ。
 あと、作者はもう眠いので、視点チェンジ!
 
 ちょ、あ、は!? あの中で、わたしは、眠ってたんだ。でも、どーしてあそこにいたんだろう? そもそも、この池は、えっと……(ガン!)(いでっ)

 ……(イラッ)公園ひとつ分ぐらいの狭いとも広いとも言えない泉にはラヴァーレが眠っていたような淡いピンク色の蓮がいくつもあったがラヴァーレを包んでいたつぼみの蓮以外はどれも満開に咲いていた!! 
底まで見えるほど透明度が高いエメラルドブルーの宝石のような泉の宙にはしゃぼん玉がきらきらと光と音を放ちながらただよっており木にぶつかってはシャアンと煌びやかな音をたてている!!
 泉の周りはげほっ、ごほっ、に、ニヤニヤするんじゃない!(しないほうがムリだよね byラヴァーレ)――すーーーっ、はーーーー。すーーーーっ、はーーーーー。
 ……泉を囲うように周囲には林が立っているため、林の向こうの様子は分からないが、カラッとした晴れ空が確認できたため、おそらくここはケメトだろうということがラヴァーレには分かった。
でも、どうして自分はここにいるのか。どうしてあの蓮の中で、眠っていたのかが分からない。それに、ケメトにいるにしてはずいぶん快適である。本当にケメトなのだろうか?
 ここに来る前の記憶を思い出そうとしてみるが……
 胸がひどく、締めつけられてしまった。

 そうだ、ミンテが行ってしまったんだ。今から追いかけてみようかな。でも、どこにいるかわかんないし……
 それに、わたしが今どこにいるのかもわかんない。林から出てみようかなぁ。でも、どうしよう、ミンテがいなくなってしまった以上、どこへ行ってももう、わたしの居場所はどこにもないしなぁ。追いかけてみようか……。でも、待ってるって、約束しちゃったし。追いかけたら、きっと怒るし、泣くし、困らせちゃうんだろうな。
 もう、あのお花の中で、ずっと暮らしてようかなぁ……。
居心地は最高だし、家賃もかかんない、敷金礼金0円、食費も精霊だからかかりません。陽だまりOK、空気文句なし、お水もバッチリ。
 ああ! リッチジョウケンが、すごいパワーを持ってるんだわ、きっとそう!
 でも……トルテとバウムクーヘンは、恋しいな……。あと宝石のようなクッキーも。
それさえあれば、完璧なのになぁ――あとミンテも。

 またミンテのことを思い出してしまったラヴァーレは、オオオニバスの上で体育座りをして、しくしく泣き始めてしまった。

 なんで、別れないといけないの? ずっと、いっしょだったのに。
 どーして? もっと早く教えてくれれば、時間をもっとたいせつに、使えたのに。
 もっとちゃんと、会話とか、食事とか、いろいろ、楽しめたはずなのに。
 もっとテキパキ動いて、ムダをなくして、ミンテといっしょにいられたのに。
 もっともっともっともっと、ひとりで森の探索に行かないで、ミンテと一緒にいたのに。
 とうとう、ひとりぼっちになっちゃったよ。
 ミンテ……わたし、どうしよう。
がんばるって言ったけど、どうやってがんばったらいいか、わかんないよ。
 やり方ぐらい聞いとけばよかった。
 最後に見たミンテの後ろ姿が、頭をよぎる。
 ずっと、いっしょに過ごしたこどもの姿で、ミンテは、行ってしまった。
 もっと顔をよく見たかったのに。
いつ帰ってくるかわかんないんだから、ちゃんと、顔を見たかったのに。
 こんな日が来るなんて、思わなかった。わかってたら――あ、OBAKE図鑑……返して……もらってないや。
 ……ミンテ…………。やっぱりズルい女だわ。
あなたって花はホントにそう、抜け目がないの。
 でも、そーゆうトコも含めて、好きだったのになぁ。
 背を向けて行ってしまうミンテは、たぶん、泣いてたんだと思う。
 わたしが知らないと思ったの? 
あなたが根はやさしくて、可愛くて、カッコイイ花だってこと。
 なのに、どーして……別れないと、いけなっ、かったんだろう。
 おとなの姿じゃなくて、いつもふたりで過ごした姿で、わざわざバイバイした意味が、わからないほど、わたし、こどもじゃないんだよ。
 きっとミンテも、行くのが辛かったんだよね? そうだよね? 
 もどってくるって約束したから、もどってきてくれるんだ。ずっといなくなるわけじゃないんだ。だから、わたし、待つよ。ミンテがもどってくるまで、良い子で待ってるから。
 ……わたしはこどもだった。おとなになったつもりだった。おませさんだった。
 ミンテが出ていったあと、風が運んでくるミンテの香りが、辛くて辛くて、大好きなはずなのに、苦しくて、苦しくて。
 クマなんかと戦ってる場合じゃなかった。もっとミンテと手をつないだり、香りを嗅いだり、顔を見たり……あれ?
 そういえば……
 わたしは、クマと戦ってたんだっけ? そうだよね? 昨日――……今日っていつなんだろ? 昨日……なの、かな? クマと戦ったのは。っていうかわたし、そもそもクマと戦ったんだっけ?
 そういえば体が痛かったような…………!?
「うわっ!?」
 なんかまぶしいと思ったら!? 
 わたしの体、めっちゃ光ってんじゃん!
 首から下が、光っててなんも見えないわ! なにこれ!
 手と、足だけが普通で、肌の色なのに、あと全部白く光ってる。

 ――え!? わたしの体どうなっちゃってんの!!?

 これ大丈夫なの!? ヤバいんじゃないの!? ってか――なにこれ!?
 ぜんっぜん気がつかなかったわ! まじで!?
「元気そうだな」
 ……? ――!!
「わあああああああ!!」
「うるっさい、でかい声出すな!」
 なんかいた! なんかいた! ミンテ! なんかいた! なんかいる!
「ニンゲンだ!」
「こら、差別用語だぞ!」
 な。なんなの!? だれ?

 ラヴァーレが驚くのも無理はない。なぜなら、誰もいないと思っていたのにヒトが――精霊がいたからだ。水面から上半身を出した黒い身体の男性は言う。
「まったく……。俺は人魚のオバマ、この泉を管理している」
「えっと、不審者ですか?」
「失礼なやつだ! お前だって花の精霊じゃないか! 口の利き方には気をつけろ、誰がおぼれていたお前を助けたと思ってるんだ!」言われてみれば、そのとおりである。
「え、あの、ごめんなさい」
「分かればよろしい」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
 気まずい、非情に気まずい。
 ラヴァーレは、気まずくて気まずくてしょうがなかった。どうして無言でこっちを見てくるんだろう? 
オオオニバスの隣に浮いている彼を見れば、坊主頭に黒い身体、黒いウロコの下半身。それが威圧感を放っており、とても怖い。
 ――わたし、襲われるのかな……
「……(もっと魂磨いて出直して来いよ馬花)」
「あの、なん、ですか?」
「訊きたいがあるんじゃないのか?」
「え?」
「ヒトがなんでも親切に教えてくれると思ったら、大間違いだぞ。分からないことがあるんなら、自分から相手に訊かなきゃダメだ」
「あ、はい……」
「質問は?」
「え、えと……」
 まさかの展開に、ラヴァーレは面食らう。これはこれで、襲われるよりも頭が痛い。何を訊けばいいんだろうか。
 ――ちょ、ちょと、待って!
「……(ワハハハ、若いって初々しいな)」
「えっとー……ここは、どこなんでしょう?」
「うむ。ここは第二区画の森の中だ」
「……」
「……」
「第二区画?」
「第二区画」
「……」
「……」
「……ケメト、なんですか?」
「もちろん。人間界で言えば、ケメトのテーベだ」
「……じゃあ、オリエントなんちゃらって、ことですか?」
「如何にも。オリエント・アロマ・アカデミーの中だよ」
「……」
「……」
 ……
 ラヴァーレは思った。気難しいって、たぶんこーゆうヒトのことを言うんだ!
「……(だって、地球は過酷なんだから、厳しくしないといかんしなぁ)」
「でも、ケメトって、もっとこう、熱かったような……」
「それはね、アカデミーの周囲には、透明な膜でバリアを張っているから、暑いと言っても灼熱ってほどじゃないんだ。それに、この泉の周りにも、病人を守るためのバリアが張ってあるから、外なんだが、新鮮な太陽のエネルギーを快適に受け取れる仕組みになっているんだ」
「そう、なんですか。えっと、あと……は……あ、今は、いつなんですか?」
「いつって――『ラベンダーさんと征服の草Ⅰ』における時代設定のことか? それだったら、厳密に言えば、紀元前13世紀にはまだなっていない。少し手前だな」
「……」
「……」
 ――気難しいし、けっこう意地悪だ!
「あー……だから、その、わたしはどれくらい、眠ってたんでしょうか?」
「15年」
「え?」
「だから、15年」
「……」
「……」
 ……
 
 ――は?

 ――はあ!!?

「え、うそ、あ、え? へ?」
「あたりまえだろう、枯れてもおかしくない状態だったんだ。命があるだけでも、ありがたいと思え」
「15年って……12ヵ月が、15回って、ことですか?」
「そう。相当な無茶をしたって聞いたぞ、まったく。でも、君だけのせいってわけでもないんだが……」
「?」
「ああ、いや、こっちの話。他に質問は?」
「ミンテは帰ってきましたか?」
「……残念だが、彼女が帰還したというニュースは、まだ入ってきてないな」
「そう……ですか」
「まあ、落ちこむな。君とミンテのことは、『没薬』殿から聞いている。ミンテにしてはずいぶんと、浄化に手間取っているようだが、大丈夫だ。必ず帰ってくるさ」
「『没薬』殿って、だれですか?」
「ミルラ殿のことだ。ミルラ殿は知っているか?」
「……はい、会ったことあります」
「そうか。『没薬』殿が、守衛から連絡を聞きつけて、倒れていた君を救霊救急センターまで運んでいったんだ。もしまた会うことがあったら、ちゃんとお礼を言いなさい」
「はい。あの、ありがとうございます」
「うむ。では私は、ちょっと電話をしてくるから、そこで待ってなさい」
 そう言うとオバマさんは、ちゃぷんと泉の中へ潜っていった。

 それから50分ぐらい経つと、林の向こうから女子学生が現れた。
 彼女は泉のそばまで来ると、女の子らしく両手を軽く宙に上げてバランスを取りながら、たったったっと、オオオニバスを渡って泉の中央、ラヴァーレの隣までやって来た。
「久しぶり」
「だあれ?」
「え、覚えてないの?」
「……ごめんなさい」
「あー……イイのイイの。たかが15年前とはいえ、あの時はパニック状態だったからねー。覚えてなくてとーぜんか」女子学生は困った顔をすると、しゃがみこみ、体育座りしているラヴァーレと目線を合わせる。「改めてこんにちわ、ラヴァーレ。私はバイオレット、あなたの所属クランのチーフです」
「こ、こんにちわ」クスっと笑ったバイオレットの顔を見て、ラヴァーレは恥ずかしくて直視できなくなり、そっぽを向く。
「えーと、体調はどうかな、痛くない?」
「えっと、たぶん、大丈夫……です」
「小浜さんいるかな」バイオレットはそう呟くと、立ち上がって大きな声で「小浜さーーん、いますかーーー!!」と叫んだ。するとすぐに泉から顔が上がってきた。
「小浜さん!」
「いえ、マディソンです」
「え、あ、誰!?」
「マディソンです」
「えっと、小浜さんは?」
「今ちょっと、国際規範ガン無視の人工島とか、お前の頭は荒れ地状態か!? ってぐらい頭のおかしい軍事行動と軍事衝突の問題と、なぜか他人事みたいに傍観している、頭が干ばつ状態のヤベーさんの国と、ミサイル撃ちまくって海をいっぱい汚染して海洋生物殺しまくったり、たび重なる核実験でヤベーさんのところに、放射性物質を巻き散らしたりする北のアレの問題と、あとやっぱりヤベーさんのとこなんだけど、なぜか他国が原因(自国が原因ではない時)の時だけやたらスピーディーに放射性物質について対応が早いのは、おかしいんじゃない? 3.11の時にも、もっとスピーディーな対応(分かる人には分かります)が、本当はできたよね? っていう問題で手がいっぱいいっぱいだから、もう少し待ってください」
 白い人魚に割と現実的なことを言われ、バイオレットはコクンと頷いた。
「じゃあ、僕も忙しいから、バーイ」マディソンは去っていった。
「……」
「……」
 顔を見合わせるふたり。
「あれって、いっぱいいるんですか?」
「さ、さぁ……私も小浜さん以外初めて見た。洞窟の向こう、どーなってんだろ」
 しばらく黙って水面を見ていたふたりだったが、ふと思い出したようにバイオレットは動き出した。「そうだ、これ持って来たんだった」そう言ってバックから取り出したのは、ラヴァーレがアカデミーに来た時に着ていた服だ。
 ふんわりと揺れるAラインの、黒いリボンがついた白いシフォンブラウスで、肩先から袖口にかけてがざっくり開いていて、肌が少し見えるようになっているイタズラっぽい服。そして、黒いパンツとヒールサンダル。
「ボロボロになってたのを、直してもらったの」 
「あ――」
 なつかしいものを見たためか、どっと涙があふれてきた。胸の奥から、あふれてあふれて止まらない。

 ――ミンテに、もらった……服だ

 ミンテ、ミンテ、ミンテ! ミンテっ!!
「あ、ああり、ありがとうございます、バイオレット、さん」
「ヴィオでいいよ。私たちはもう、家族なんだから」
「えぐ、え?」
 えぐえぐ泣きじゃくるラヴァーレの肩に、そっと手をまわし、バイオレットは言った。
「クランっていうのはね、家族って意味なの。同じクランにいるってことは、私とあなたはもう家族。だから、私を頼っていいんだよ」
 でも、知らないヒトだし……
「私は、あなたのお姉さんになるのか」
 へ?
 膝から顔を上げたら、バイオレットは笑っていた。情熱的なケメトの夕日が後光のように、朱くバイオレットを照らし、彼女が太陽そのものの精霊に見えた気がした。
「私、ミンテ先生にはすっごくお世話になったの! だから、ミンテ先生の娘ってことは、私の妹も同然でしょ?」
「……」
「ほら、なにしょぼくれた顔してんの!」

 ――バイオレットさんは、太陽神みたいにわたしを、闇から引っ張り上げてくれた
 
 手を引っ張られ、無理矢理に立たされる幼い少女。
「ひどい匂いよ」バイオレットは笑っていた。
「ミンテ先生はいないけど、私がいるよ。困ったことがあったらなんでも言って、力になるから。私を頼っていいからね」
「……はい」わたしのことを、励ましてくれてるんだ。悲しいけど、がんばらなきゃ。
「悲しい時はね、無理にでも笑うといいんだよ。ほら、に~って、やってみて――そうそう、もうめいっぱい、これでもかってぐらいに~って笑顔になってると、頭が安心して、余裕が生まれるから」
 そんなバカなと思ったラヴァーレだったが、バイオレットに言われたとおり笑顔になっていたら、なるほど、これは確かに楽になれた気がする。
「あの、ありがとうございます、バイオレットさん」
「だから、ヴィオでいいって。あと、同じクランなんだから敬語もなし。OK?」
「はい――ぇぁ、うん」
「よし。じゃあラヴァーレ、よろしくね」
「よ、よろしく、ヴィオ」
 差し出された手を握り返して、恥ずかしいけれども、がんばってヴィオと名前を呼ぶと、バイオレットは満開の笑みを浮かべていた。
「……それにしても小浜さん、なかなか来ないな。何やってんのかわかんないけど、しょうがないから先、着がえちゃおっか」
 おいで、とバイオレットに促されたラヴァーレは、オオオニバスの橋をいくつも渡り、岸へとたどり着いた。
「それ、脱いで」
「それって?」
「その光」
「これ、脱げるの?」
「うん、服だからね」
 恐る恐る光に触れると「ほんとうだ、伸び縮みする!」とラヴァーレは驚いた。もっちりした光の服を脱ぎ、なつかしの服を――長く長く、太古より続く果てしない魂の旅をようやく終え、やっとのことで、我が家のベッドに潜りこんだ旅人のように、切なくもありがたい気持ちで服を着がえた。
 動いていると、パンツのポケットに違和感を感じた。何かが入っているのに気づく。ん? なんだろ、これ。出してみると。
 ラヴァーレの目に映ったもの――それは、カラフルなシマ模様のキャンディーだった。
「ああ!!」
 急な大声にビクッと震えると、バイオレットに手をつかまれる。
「それ、ガジュ丸キャンディーじゃん! ホンモノ!?」
 あ……そーいえば、そんなことあった。もう何ページ前のことだろうか。
「なんでコレ持ってんの?」
「えと、ガジュ丸さんに、もらって」
「会ったことあるの!? これ、三つ星なんだよ。なんかの雑誌で読んだことある」
 三つ星の意味が分からないラヴァーレだったが、興奮したバイオレットはそのまま続ける。「ガジュ丸さんのお手製だから、滅多に手に入らないのに! うわぁ、実物初めて見たわ~」どうやらメチャクチャに価値が高いモノらしい。「〝ルート〟で自慢しよう。ゴメン、ちょっと写メ撮りたいから、そのまま持っててもらっていい?」
「こう、ですか?」
「そうそう」何やら小さな長方形の物体でカシャッと、バイオレットは何かすると「ありがとう」と言って喜んでいた。「イイな~、うらやましすぎる」
 猫みたいにモノ欲しそうに見てくるので、ラヴァーレは「じゃあ、3つあるからどーぞ」とバイオレットに手渡した。
「マジで!? ありがと~う! いやー、まさかこんなところで、これが手に入るなんて思わなかったなぁ」
 海底から引き上げたお宝を、じっくり味わい深く鑑賞するように、宙に掲げるバイオレット。ラヴァーレは、そんなに驚いたり喜んだりするものが自分の手にあるなんて、思いもしなかった。しかし、ガジュ丸キャンディーに大はしゃぎするバイオレットの様子を見て、悲しみで萎れていた心が満開に咲くような気持ちになる。
「食べてみよっか」
「うん」
 ふたりはパクっと口に入れた。すると――


?彡。.:・?゜?彡。.:・?゜?彡。.:・?゜?彡。.:・*゜

 小浜さんがいろいろ(本当にいろいろ)用事を終えて、50歳は老けたようにくたびれた顔で戻ってくると、なんか、変な光景があった。
 オーシューの泉から顔を出すと、ふたりの花がほとりでスキップしていたのだ。
「うっふふふ」
「うふふふふ」
「あっはっはっは」
「おっほほほ」
「わーーお」
「キャ~~」
 あっちこっちをスキップしながら楽しそうに笑いあう花たちを見て、小浜さんは放っておこうと思い踵(?)を返したが、相手が相手なので、とりあえず戻って話しかけることにした。
「何やっているんだ?」
「幸せって、こーゆうことだったんですね」とバイオレット。
「わたし、生まれてきてホントに良かったっス! せんぱい愛してます!」とラヴァーレ。
「ラヴァーレ、私も愛してるぅ!」
 
 ――大変だ! せっかく退院したのに、ちょっと目を離したスキに重症になっている! しかもヴィオまで! 
 
 慌てた小浜さんはふたりを霊視してみたが、幸せエネルギーが花びらとなって周りを舞い散り、空間がマゼンダピンクに輝いているのが視えるだけで、おかしなところが分からない。
「おい、何があった? どうした!」
「いやぁ、幸せと愛が理解できました」とバイオレット。
「うへへ、へへっへ」とラヴァーレ。
「おい、ヴィオ! こっちを向け、スキップをやめろ!」
「あれぇ? 小浜さんもしかして、スキップできないことに嫉妬してるんですかー? 人魚はスキップなんか、できませんもんねー」
「おい、差別発言だぞ! スキップぐらい変身すればできるわ馬花者!」
「スキップするとー、イヤなことぜんぶ忘れてー、楽になれるんでーぅ」ラヴァーレの様子も、かなり可笑しかった。
 小浜さんは、明らかにお花畑在住の方になってしまったふたりに、制裁という名の愛の爆弾を下してあげた。バシャンと思いっきり水をぶっかける。全身びしょ濡れになったふたりは、正気に戻ったようにハッとした。
「あれ……なんで私……濡れてんの!?」
「ヴィオ、おいヴィオ! こっちを向きなさい」
「あ、小浜さん! 待ちくたびれましたよ」
「お前はもう〝Rock〟の会長なんだから、発言、行動には、いつ如何なる時でも気をつけなさい! 全アカデミー生の代表ということは、全アカデミー生の模範ということなんだぞ! エルスワースだったらもっと厳しくキレてるところだ! トップに立つ花として、自分がやっていることが本当に正しいのかどうか常に自問自答し続け、しっかり精進しなさい!」ピシャリとカミナリを飛ばす、黒人魚の小浜さん。
「え……え、あの、なんで怒ってるんでしょうか……?」小浜さんのただならぬ真剣なまなざしにとまどい、バイオレットは青ざめ「え、ぅ、ごめんなさい」と謝った。
「……まったくどいつもこいつも。ヤベーといい北のアレとか赤いアレといい、向こうもロクでもないのばっかだな」グチグチ呟く小浜さんは、どうして自分がここにやって来たのかを思い出す。「それで、ヴィオ、用件はなんだ?」
「あ――あの、この子、ラヴァーレのことなんですけど、電話でも言われたとおり退院ってことですが、注意すべきこととか、しばらく気をつけることってありますか?」
「そうだな……あ! そうだ、その子、誰もいないのになんか、ひとりでブツブツしゃべってた! 会話してるみたいだったぞ」
「え!? それって、頭に障害が残ってるとか、そーゆうことですか?」
「うーむ、かもしれんな。一応、近いうちにカモミール殿に視てもらったほうが、いいかもしれん」
「そう、ですか。分かりました。じゃあ、そうします」
「うむ。あと、15年もの間寝ていたんだ。急な運動はもちろん控えて、徐々に体を慣らしていくように。〝Rock〟の会長だからといって、自分のクランをおろそかにしているようでは駄目だからな。その子も含め、しっかり一人一人の面倒を見るんだぞ」
「わかってますってー」
「すぐに調子に乗るのが、お前の悪いところだ。15年前の時みたいに、何事にしても、そばにいるのに木を抜く事態だけは、避けるんだぞ」
「はいはい」
「イエスは一回でいい」
「はーい」
 口調はやや怒っているものの、小浜さんは、実の子供の成長を見るように笑っていた。バイオレットのほうも、照れながらも小浜さんに対してくだけた感じで接しているので、ふたりはどうやら旧知の仲らしかった。
「それじゃあ、私たちはもう行こうと思います。小浜さん、ありがとうございました」
「うむ」
「ほらラヴァーレ、長年お世話になったんだから、お礼言いなさい」
「あ、ありがとうございました」
「うむ。ラヴァーレ、そこのお姉さんは頼りになるから、早めにゴマすっといたほうがいいぞ」
「ちょちょ、なに言ってんスか」
「ゴマって?」
「知らなくていいの!」
「こう見えて、天才だからな」
「さっきまでおとしめてたのに、なんで急に持ち上げるんスか!」
「ん? 調子に乗らないための練習さ(おとしめてはいないが。それを言うなら非難だろ)」
 小浜さんもバイオレットも笑っていた。
「もう。じゃあ、ありがとうございました」
 林の向こうへ歩み始めるバイオレットとラヴァーレ。
「おう、達者でな。俺も忙しいが、たまにはメールくれよ」
「はーい。いつかまたお世話になりまーす」
「頼むから来ないでくれーー。面倒事は、人魚界だけでコリゴリだ」
「小浜さーーん、さよーーならーーー」
「ああーー、じゃあなーー」
 真っ赤な夕焼け空に向かい、歩いていくふたり。
「小浜さあああん! ばいばああああい!」
「ああーー、ヴィオーー、バーーーイ!」
「小浜さああああああん!」
「はよ帰れJK(女子高生)!!!」

「わっはは、逃げよう!」
「ちょ、まって」
 尾ビレがブチ切れたように怒った小浜さんの怒鳴り声を背後に、ふたりの女子たちは、林の向こうへ逃げていった。