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のほほんほわほわ

植物擬人化小説『ラベンダーさん』が読めます

第15話 親の心子知らず

ラベンダーさんと征服の草Ⅰ アトランティスへの不満


 シナモン、シナモンはどこじゃ! あやつめ、どこで油を売っておる!
                 ――オリバナム
 
          

 ああ、そんな、どうして。
 何も戦うことだけが、精霊の生き方ではないのだ。
 この子には、自分の種族のお世話をしながら、のんびりと暮らして欲しかった。他の精霊の手伝いや、人々の進化や生活を見守ったり、土地の調整なんかをしたりして、安全に生きて欲しかった。
 だから、極力何も教えてこなかったというのに。四ヵ月前に熊を倒したって言ってたけど、まさか本当だったの? 香りの出し方――香術だって、教えなかったのに、あの熟練の戦士みたいな卓越した動きは何? なぜこの子が、そんなこと出来るのか。
 この子が戦っている最中、陽炎のようにこの子に重なっている透明な輪郭が、ぼんやりと、一瞬だが視えた。はっきりと知覚したわけではないから、やっぱり何かの見間違いだったのでは、とも思う。でも……だったら、あんな何万(億?)年も研ぎ澄ましたような老成した動きは、きっと出来ないだろう。威力もさることながら、せせらぎのようにあたりまえに流れる動きだった。感動すら覚えるほどに、神々しかった。
 信じたくないが、やはり……神が、舞い降りていたのだ。
 オリバナムと錦狐が、ふたりして私をからかっているのだと思いたかった。神など最初から降りてきていなかった……そう思いたかった。ラヴァーレに何か奇跡が起きて、全部この子の実力でバトルプーを倒した、そっちのほうが、まだ救いようがあったのに。
 残念だが、これは事実なのだ。宿命を背負って生まれてきてしまったのだ、この子は。
私たちがはっきりと知覚できないレベルの、ずっと遥かに高い次元の神が、ラヴァーレを操っていた。あの戦いで起きたことを何度も振り返ったが、何度だって! 何かの間違いだって! 思った。
 でも、やはりどうしようもない事実なのね。ラヴァーレに、神が憑依していた。このことをこの子は、知ってか知らずか、意識してか、無意識のうちか、成し遂げてしまった。
 憑依。神降ろし。
 トランス状態や変性意識状態下で起こる現象だ。
 瞑想中や、凄腕のジャズミュージシャン、バレリーナ、ダンサーなんかが表現中、意識がぼーっとなるアレと言えば、読者には分かりやすいだろうか。無我夢中の状態ね。
 私でさえ――もしかしたら私も、知らないうちにやったことがあると言われれば、否定はできないが、この子のようなレベルのことは出来ない。無理。不可能。センスがあるとか才能とか、もうそんなレベルじゃないからだ。精霊として、持って生まれた宿命を抱えているから――戦う宿命を持って生まれたからじゃないと、出来ない境地のものだ。あのオリバナムですら、あまり知覚できない超高次元の神の憑依なんて…………
 魂の系統が違う銀狐なら、視える角度も違うだろうから、何か分かるかもしれないと思って訊いてみたが、憑依した神の特定までには至らなかった。神なんて地球にどんだけいると思ってんだよ。神ひとりとっても八百万以上の霊がいるのに、乗り移った個人なんて探しきれんわ。
 源泉から魂を分け合った同じグループに属する霊でも、雰囲気こそ似たりするものの、性格は全然違ったりする場合もあるし(たとえば、いろんな性格、姿のアマちゃんが――あ、アマテラスが存在してるってこと。あなたたちは、神や精霊の名前を固有名詞だと思ってるみたいだけど、間違いではないんだけど、今は普通名詞でもあるのよ)。せめて神の種類だけでも特定できれば、ラヴァーレがどんな使命を持って生まれたのか、詳しく分かるかもしれないんだけどね。
 でも、それは……私が知ることじゃない、か。
 何が起きているのか詳しい情報が欲しかったが、オリバナムや銀狐でも、神のグループすら特定できない現状なのだから、あきらめるしかない。

 あの戦いでのラヴァーレの行動は、不可解な点が数多くあった。
 戦っている最中に脚を噛まれたのは、偶然なのか、わざとなのか。ラヴァーレがわざと噛ませたのか、たまたますべって噛まれたのか。それとも、乗り移っている神がわざと噛ませたのか。あるいは、まだラヴァーレの体に慣れていなくて転んでしまい、噛まれたのか。こうも考えられる。ラヴァーレの意識は逃げようとしたが、神の意識が噛ませようとして転ばせたのか。噛ませようとはしなくても、他に何かしようとした結果、足がもつれて転んだのか。
 ここら辺は、本人の話を聞かない限りはなんとも言えないし、どうとでも考えられる。
 ラヴァーレの意識がどれぐらいあったのか、もう完全になかったのか、それすらも分からないが、ひとつ確かなことは――
 ――脚を噛まれたことにより、結果的に自分の香りと情報が詰まった血を、バトルプーの体内に入れることに成功している。
 ああなればもう、勝ちは決まったも同然だ。幻術をかけるにしても、他に術をかけるにしても、自分の手の内だ。簡単にひねり潰せる。相手もまだ少年だし。
 まあ、わざわざそんなことしなくても、アロマ連合のマスタークラスなら一瞬あれば片がつくけど。
 香りによる幻術、格闘センス、抜群の身のこなし。神が乗り移って操っていたとはいえ、ラヴァーレはまだ幼い。器が小さいから、当然容量も少ない。できることは限られている。にもかかわらず、あのド派手なパフォーマンスの数々! 体が壊れるわよ! 
 本人はきっと、サーカスでもしている気分だったんでしょうね! あれだけ出来るんだから、この子の体を壊さないで、毒を作って穏便に倒す方法もあったはずだわ!
……たぶん。
 あの神だってそれは分かっていたはずだわ。なのに、わざわざ見せびらかすように派手な大技を連発していたのは、私たちが判断を間違えずに、ちゃんとバイオレットのクランに入れるようにするためね。
 流石は上の神、ということかしら。
 この子には――ラヴァーレには、さすがなんてもう言えない。超高級霊の動きに、よくついて行けてたわ。……とはいえ霊体の中身がぼろぼろのグチャグチャになってたけど。
 草の精霊だけど、将来は大木にでもなるつもりなのかしら? すえ恐ろしい魂だわ。
 ……私が何も教えてこなかったことも、きっと、あのド派手なパフォーマンスの一因になってるんだと思う。

 ――こういうことが出来る子なんだから、ちゃんと学ばせろよ

 声は聞こえないけど、そう怒られているようだった。私、先に生きる者として、失格だ。
この子を、いつまでも、縛っていてはいけないのだ。苦しいな。
 
 バイオレットクランにちゃんと入れさせるため。
 私を叱るため。
 あとは……他にも、何か意味がありそうだな。今は……まだ分からんけど。
 だからあそこまで、過度なパフォーマンスをしたのね。
 左脚を噛まれた、もしくは噛ませた後、バトルプーの猛攻でけっこうな傷だらけになって、足の間を潜り抜けた。そこから先が幻覚だ。
 体内に香りだけじゃなく血まで入れたのだから、すぐに幻覚を視せれば良いのに、そうしないで攻撃を避けていたのは、なんのためかしら?
 ラヴァーレの霊体と同調するための、ウォーミングアップ? この際、ラヴァーレの体に直接戦いの手ほどきをしていたのかしら? だとしたらちゃっかり者だな。   
 ――あ! これすらもパフォーマンスなのか? 最初から本気を出して戦えば、虐待になる。だから、攻撃をわざと受けて、弱いものアピールし、アカデミー生たちの感情を揺さぶって応援させる。あとは、同情を買い占めてちょっとムードを整えてあげれば、ボッコボコにしても、あら不思議――単純なアカデミー生なら、喜んで受け入れるだろう。結果はあの有様だ。
 ひょっとしたら、アニメ化になった時や読者の気持ちにも配慮して、わざと脚を噛ませたり、攻撃を喰らって傷だらけになっていたのかも。それで同情させて、最後に、ひたすらボコす。考えすぎ? 
神のやることなんてそれこそ全部考えられるから、理由をつけようと思えば、いくらでもつけられる。

(憑依した理由も案外、自分が『ラベンダーさんシリーズ』に出演したかったっていう、単純な理由だったりするのかもね)

 どういう意図があってああいう戦術で戦ったのかなんて、いくらでも考えられるから、答えは出ない。本人に会って話でも聞ければいいんだけど。きっとラヴァーレ自身も、よく分かってないんだろうな。おそらくは。なんとまぁ気持ち良さそうに寝おって。
 すべては神のみぞ知るってことか~~~。
 中庭の真ん中で勢いよく空振りして、バトルプーは歓喜の雄叫びを上げた後、何もないところで何かをむさぼるように動いていた。今はもうだいたい想像つくけど、ずいぶんと意地の悪い幻覚を視せられていたんでしょうね。あの熊、喜んだように見えたもの。
 その間――ラヴァーレって呼んでいいのかしら? 霊視して気づいたんだけど、この子は、周囲のアカデミー生に気づかれないように、表面のアザや傷は残したままにして器用に体の内部をヒーリングしていた。脚の裂傷も、見かけだけそのままにして過度な運動ができるように治していた。
 これも、被害者を演じるためのパフォーマンスだったのか!!
 ラヴァーレが気絶したのは、無理な大技を連発したことによる過度な運動ダメージ、そして、憑依による疲労が大きいんでしょうね。
 テストの後、急いで救霊救急センターに転送し、なんとか一命を取りとめたけど! 霊体や魂がぼろぼろに破壊されていて、一週間――168時間、ヒーラーが交代で治療し続け、やっと一命を取りとめたけど!

 ラヴァーレは! 今までなんの運動も! 修行も! やってこなかった子なのよ!? それがいきなり、憑依されているだけでもやたら体力を消耗するはずなのに、あんなふざけた超ハイレベルな武芸を! 銀河系のトップアスリート並みの、超ド級の過度な運動に体を酷使されれば、死ぬわよ! 素人にいきなり、何やらせてるの!! ふざけんな! 一歩間違えば、死ぬとこだったんだぞ! 分かってんのかッ!!?

 その後――自己ヒーリングした後は、枝を持って地面に何やら線を描いていた。あの時は魔法陣か、呪術の類か何かをかけようと紋章や図形を描いていたのかと思ったけど、まさか、プロレスリングだったとはね!!
 ホンッッット、余裕たっぷりね! この子をこんな状態にしといて。
 でも、あのテストのことを振り返ってみて思ったんだけど、戦っている最中にそんなことするなんて、なんだかラヴァーレらしいとも思って笑っちゃったわ。大人になった姿を見たわけでもないのに。この子の心がいつか、大人になった時――本当はこんなこと思いたくないけど、戦う宿命を背負っているなら、同じ戦場で戦うこともあるのかも。その時は、守ってあげなきゃね。
 終盤のほうのバトルプーはもう、感覚が完全に牛耳られ、麻痺してたんだろうな。ラヴァーレがどこにいるのか、まるで分かってなかったみたい。プロレスリングを描き終わったラヴァーレに、完全にもて遊ばれていた。あの子がわざわざ体を叩いて振り向かせたのに、目の前に立っているのに、全然気がつかなかったみたい。
 それで、今度は背中を蹴られたりして。
 最後は頭の上に軽々とジャンプして、暴れまわるバトルプーの上で器用にバランスを取りながら、周りのアカデミー生たちに(テストのことは言っていなかったのに、よくあんなに大勢集まったものだわ。RPGで一番戦いたくないモンスターがいるとしたら、学生たちね。あいつら、騒ぎがあるとすぐ仲間を呼ぶし、そのうえゴキブリ並みに伝達スピードが速いし。この本を読んでる先生方の気持ち、私も痛いほど分かるわ。だから、あなたたちティーンズの読者は、元気があるのはいいんだけど、あと一割だけでいいから、そのあり余るエネルギーを、勉強と興味のある事柄に向けてくれたら、うれしいんだけどなぁ。チラッ)手なんか振って笑いを取っていた。
 本当にサーカスのようだったわ。ただひとつダメ出しするなら、アトランティス時代のサーカスのほうが本には書けないぐらい(まあ、いっくんはいろいろ書いたけど)、えげつなく、凄いことさせていたわよ。

 それにしても、どうしてラヴァーレなの?
 ラヴァーレじゃなきゃ、駄目なの?
 運命だったらまだ変えようがあったのに、なぜそんな酷い宿命を、こんな幼い娘に?
 精霊として、平和に自然界で暮らす生き方のほうが、絶対良いに決まってるのに。

 ――神様、ねえ、どうして?

 私では、駄目なのだろうか?
 代わっては、いけないのだろうか? 
 戦うことなら、もうずーっと、やってきた。
生まれ変わりたいと思う程に。ウンザリする程に。
 私には、やらなきゃいけないことが、私には私の役目があるから、駄目なの?
もしここで、ラヴァーレの使命を私が代わりに果たすとして、それはこの子の魂のためになるだろうか?
 ならないだろうな。そんなことは、絶対に駄目だ。
 それに、私の役目も、私以外には務まらない。
 そうだ。
 一体なんのために、400年も、姿を消していたと思っているのだ。
 しかし、そんな、こんなことって。
 私は、救霊救急センターでの、オリバナムとの会話を思い出す。
 ……――――
「あの子はまぎれもなく、戦う宿命を抱えて生まれた子じゃ。バトルプーと戦わせて良かったわ。我々はその辺の石ころのように、原石を見落とすところじゃった。クランはバイオレットのクランで決定じゃな」
「――実は私、みんなを驚かせたくて嘘ついてたけど、本当はちゃんと修行させてたのよ。あの子、才能あるでしょ? 神降ろしだって、ずいぶん練習させたんだから」
「……」
「……」
「ミンテ……。あのレベルの憑依は、技は、教えて出来るものではなかろう。現にあの子は今、死ぬ瀬戸際まで消耗し、憔悴しきっておる。自分でコントロールしたとは思えんよ。わしらにあの子の素質を――重大な宿命を分からせるために憑依されていた、と考えるのが妥当じゃろう」
「……」
「残念な気持ちは分かるが――嘘をついて下手なことをすれば、こじれた人生になるぞ」
 ――――…………………………………………

 そんなこと、私だって!!

 うああ! こんなかわいい子に、戦わせるなんてっ!
 
 世界規模か、地球規模、もしかしたら、宇宙規模? 何かは分からないけど、戦わせようなんて、上は、上の神々は、頭おかしいんじゃないの!?
 そんなもん、男共に押しつければイイでしょーが! とりあえずバトルもの、みたいな他の作家に押しつければイイでしょーが! 特殊部隊ベジタブルズにでも任せればイイでしょーが!!
 どうしてラヴァーレなんだよッ! 

 くそくそくそ。くっそ。。。

 上で決まったことだ、ラヴァーレの宿命は。逆らったほうが、それこそ世界が、この星が、どんな状態になってしまうか分からない。誇張だと思いたい、誇張や妄想であって欲しい……。未来がどうなるかは分からない、でも、ラヴァーレの背負ったものが、星レベルではなく、世界レベルの何かで済んで欲しい。
 行くことすらできない遥か上の高次元で決まったことなら、信じて、流れに身を任せるしかない。信じるしかない。それが、一番……この子の、ためだ。
 私が下手に決定を覆そうとすれば、ズレが生じ、もっと酷く、ややこしい状態になってしまう。
 ああ。
 もっとちゃんと知覚できれば……上の状況が分かれば……今ここにいる私だって、納得しやすいのになぁ。
 かわいい子には旅をさせよって言うけど、私、本当にできるかしら? いつもの旅行ごっこみたいに、私がガイドしてあげられたらいいのに。

 ラヴァーレが入院してから、とうとう二週間が経過してしまった。先週はまだ、うなされることもできないほど弱っていたが、最近やっと心地よさそうに眠ってくれている。
そこで、泡のバリアの中に誰かが入ってきた。
全身白い包帯に、外套を羽織ったゴツい花――先輩……。
「ミンテ……分かっているな?」
「ええ、二週間も、ごめんなさい。よくこんなワガママを、聞いてくれましたよね」
「礼ならオリバナムに言ってくれ。自分の仕事を押しのけて、いろいろと根まわししてくれたみたいだ。おかげでまだ、疫病はケメトには入っていないよ」
「……」
「結局、目覚めなかったのか」
「ええ、でも、しょうがないわ。むしろ、最初から分かっていたことよ。あの凄まじい戦いを見たでしょ? 私たちでさえ知覚できないレベルの神を、宿して戦っていたんだもの。目覚めなくて当然よ」
「……無理するなミンテ」
「……あ?」
「どれだけ一緒にいると思っているんだ。香りに出さなくても、心をどれだけ厳重にガードしようとも、分かるさ。おまえは私の、後輩だからな」                                                            
「……………………いや、何か勘違いしてない? 別に、ほんの100年一緒にいただけの雑草よ、『魔界の根』、『ガソリンツリー』、ルシファー、疫病、悪魔ぁ、や、敵性レプっティ、リアン、と、戦って、きた、『征ふ、くの、草』が、情、な、を――」
「ミンテ、もういい! 何も言うな!
「わ――ちが――」
「ずっと、精霊らしくなったよ」
「た、たた、たかう、こと、が、ずとっ、生きがい、で」
「分かった、分かってる、もう伝わっているよ! しゃべらなくても分かるよ! 大丈夫だから」
「離っ~~~で、でましょう、行ごう! 行こう!」
「いや、しばらく会えないかも、しれないんだぞ」
「もう、迷惑、は、かけられないから」

 戦場が、呼んでいるから。
 さよなら。それなりに、楽しかったわ。