のほほんほわほわ

植物擬人化小説『ラベンダーさん』が読めます

第22輪 ペパーミント

だいたい、なんであんな柑橘野郎が人気なんだ?

すぐにでもこのイングランドで一番の精霊になってやるさ!

 

           ――ペパーミント

 

スーツ姿のペパーミントの写真

 

意識を取り戻すと、オレは炎の海の中に沈んでいた。

原子爆弾とまではいかずとも、ダイナマイトの火力でこの威力。

火のエネルギーは好物だが、こんなネガティブなエネルギーは

食えたものじゃない。

霊体がそわそわする。

消えかけのホログラムのように不安定なオレの体は、

上の次元まで飛んで行ってしまいそうな浮遊感を持っていた。

おそらく魂に少し傷が入っている。

辛い。息がしづらい。不快な振動数で体が震えている。

とっさに香りと念で防御できたから良かったが、

もっと傷が深かったら死んでいた。

最悪転生ができなくなっていたかもしれない。

 

(魂に深い傷ができたり壊れたりすると、

転生自体が難しくなってしまう。魂を破壊するエネルギーは

いろいろあるが、代表的なエネルギーは

核やマイナデスアルコール、深い怨念だな。

死んでまで魂の治療に苦労したくはないし、死ぬときは健康に死にたい

by オレンジ)

 

周りを見ると、サンタたちは……。いなくなっていた。

オレの周りでは黒いドロドロした液状のものがいくつも動いている。

いや、まて。……もしやアレか?

サンタたちはもともと、だいぶ体をマイナデスアルコールに侵されていた。

霊として体が半分機能していない状態で、あんな大爆発に

巻き込まれたら、モロにダメージを食らう。

それにしても……おぞましい光景だ。あれは、おそらく生きてはいるだろうが、

ちゃんと転生できるのだろうか?

あのまま死ぬこともできず生きながらえるのだとしたら、

かなり酷だ。

 

オレは考えるのをやめた。あの黒い液状のものに意思や思考があるとは思えない。

もしかろうじて感情があったとしても、あまり考えたくはない。

ただ、自分がああならなくてホッとする。

 

――三太は!?

 

まさか三太もあのどろどろに!?

「三太ァ! 生きてるか!」

炎の中で三太に呼びかけるが、返事はない。

この炎はキツい、今の調子だと持ってあと数分が限界だろう。

それまでに三太を見つけられるか……?

 

アロマ連合のナイトとしての立場。残りわずかな体力。サンタ界の現状。

いまサンタ界の現状を知っていて、ジジイに連絡できるのはオレだけだ……。

 

オレは姿を変えた。残りのわずかな体力を振りしぼって、ハヤブサになった。

ハヤブサは炎の海の中を突っ切って、薄暗い森に出た。

オレは三太を見捨てたとは思わなかった。

しょうがない。

いま一番マズいのは、このサンタ界の現状を外に伝えられないことだ。

三太を助けてオレもおだぶつじゃ、それこそ敵の思うツボだ。

 

そもそも三太は頭がおかしい。

だってサンタ界がこんな悲惨なことになっちゃっているのにもかかわらず、

いまだ世界機密の情報が知られたらマズいなんて言って、救援を求めないのだから。

頭がおかしい。

読者のみんなもそう思うだろ?

さっき見たところ、もう正気を保ったサンタはいなさそうだ。

このマイナデスアルコールの濃度から、おそらく全員頭がおかしく

なっているにちがいない。

こんなサンタ界だったらいくらでも情報や機密文書なんて盗み放題だろ?

それだったらとっとと救援を呼んで、サンタ界を早く立て直して

ガードを強くしたほうがいいだろうに。

今の時点で情報が盗み放題なのに、救援を呼ばないなんておかしすぎる。

ひょっとしたら、三太自身が植物至上主義者だったりしてな。

だれが根でつながっているかなんてわからないし、もしこれが

ミステリーだったら、ありがちな展開だろ?

 

オレはハヤブサの姿から元の姿に戻り、

スマホを取り出してジジイに連絡しようとしたが、

呼び出しボタンを押そうとしたところで……。

 

(ジジイというのはアロマ連合のお偉いさんで、

オレの師匠をふてぶてしく名乗る傲慢な青年だ。

一見若々しい姿をしているが、その実老成していて、

第六文明期でかの『ガソリンツリー』との雌雄を決した戦いは

映画化もされている。会うたびに決闘を申しこんでいるが、

いまだに勝てた試しがない。おいぼれのくせに。

ちなみに部屋のドアを破壊されるとものすごく怒る

by オレンジ)

 

指に、力が入らない。押そうとしても、見えない壁に

ジャマされているみたいに指が進まない。

 

……。

 

そうだ! 礼名契約だ! あの厄介な契約を解除しない限り――

あるいは三太に許可をもらわないと、救援を呼ぶことができない!

いや――もし三太が死ねば……。

契約自体が反古になる。

 

オレだってできることなら三太を助けたい。

結局オレたちはニンゲンの奴隷だ。

精霊として、大人ぶって好き勝手やっているニンゲン共を導く役割を持ってはいるが、

どう生きるのかなんてニンゲンの勝手だ。オレたちは強制はできない。

サンタ共だって、心の中では反ニンゲン派のやつなんてたくさんいるだろう。

それなのに、欲しがるばかりで何も還元しないニンゲン共にせっせと

プレゼントを作って渡さないといけないなんて……。

オレだったら、維管束が煮えくりかえる想いだ。

三太なんて見た目からしてマジメだから、きっと苦労が絶えないだろうな。

ニンゲンの奴隷としてあと何千年も働くぐらいだったら、

いまここで死んだほうが幸せだろう。

それに、契約も反古になる。そうすれば救援を呼べるし、オレが

ラベンダーの部屋に侵入した事実もバレない。

 

……いかん。オレは手で額を押さえた。

どうやらオレも、マイナデスアルコールに体が蝕まれてきているようだ。

三太をいますぐ探しに行こう。 

 

オレは炎の中に飛びこんだ。三太はどこにいる?

 

そもそも、こんな魔界みたいになったサンタの国を

オレと三太とマノンの3人だけで救うこと自体、最初から無理がある。

サンタ共は全員半狂乱状態で、敵みたいなもんだ。

おまけに不気味な生き物もいるし、いろいろとヤバそうな次元だ。

 

サンタ界がこんな事態になっていると知っていたら、絶対に来なかった。

ラベンダーに変態扱いされたほうがまだ楽だ。

 

頭が痛い、視界がかすんで霊視もうまくできないし、何より体がブレる。

自分が動かそうと思っていない方向に、時々手足が動いてしまうことに、

マイナデスアルコールのヤバさを実感した。

 

炎の中やみくもに走っていると、オレは三太を発見した。

三太は仰向けになって倒れていた。

また子供の姿になっている。直撃を喰らったようだった。

「おい、三太」

ひどい傷だ。皮膚は赤黒く焼けただれ、顔が顔の形をしていない。

体が少し溶けている。

三太を見つけて安心したせいか、オレのひざはガクリと崩れた。

力が入らない。呼吸をする度に体内にマイナデスアルコールが

入ってきて、体を蝕んでいく。

もう、三太を背負ってここから脱出するのも無理なようだ。

 

オレと三太はここで死ぬことになるだろうが、

かわいそうなのはマノンだ。

自力で人間界に帰っていくのは難しいだろう。

さっきから姿が見えないが、無事だろうか。

だいぶ離れたところで様子をうかがっていたのは覚えているが、

爆発後はどうなったんだ?

 

オレは自分の選択のミスに気づいた。

三太を助けようと炎の海に飛びこむよりも、

マノンにスマホを渡しておくべきだった。

 

あぁ、もっといっぱい女を抱くべきだった。

あの子もあの子もあの子も、まだ落としていない子が

たくさんいたのになぁ。

 

死ぬ間際に後悔すると、たいていロクなことにならない。

オレは最期の体力を使ってオレンジの香りを空間に

響かせた。

 

暖かくて、冷たい心を溶かすような甘い香りだ。

 

不安が少しだけ薄らぐと、オレは目をつむった。

奴隷仲間同士、仲良く行こうぜ。

小さなサンタよ。

 

頭に歌が聞こえた。メロディーが流れてくる。

どうやら、死後の次元がオレたちを受け入れようと

門を開けたらしい。

 

 

 

冥府の門は開かれた。

湯を沸かせ、料理を運べよ彼の地へと

針が12を刺した時

赤いザクロは地に落ちる

行く年くる年四季折々

 

ちがう、これは詠唱だ!! 誰かが唱えているんだ!

 

「『社交の草』の名において命ず――整えよ」

 

緑色の風が颯爽と新鮮な空気と霊気を運ぶと、

大火事は消え、荒れた土地に命が芽吹いた。枯れ木は花を彩り始める。

 

オレの体と三太の体に霊気が入り、良質なエネルギーが体内で循環を始めた。

助かった! もう少しで宇宙に召されるとこだった!

周りの魔界みたいな世界が、人間界程度にはマシな光景になった。

 

「どうしたオレンジ、らしくないね。

オレンジ伝説はもうおしまいかな?」

 

この嫌味の効いた上流階級風の香りは、間違いない。

やつだ!

 

「ちょっと見ない間にずいぶんと力をつけたな」

「君はちょっと衰えたんじゃない?

これでナイトなんでしょ? 僕がアロマ連合のマスターになる日も

そう遠くないね」

「おい、年上に向かって失礼だぞ!」

「僕のほうが年上だ」

「嘘つけ!」

「僕は大人だけど、君は子供じゃないか」

「姿の話だろ!」

 

まったく、相変わらず口が減らない……。

頭に草冠を被った薄緑色の髪の男性は、

高級なスーツで身を包んでいた。

 

「ペパーミント、どうしておまえがここにいるんだ?」