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のほほんほわほわ

植物擬人化小説『ラベンダーさん』が読めます

第4話 MTB(ミント交通公社)わっくわくツアー〈ケメト砂漠編〉

 

 ミンテがよくわたしと同じ背丈でいるのは、わたしを気遣ってくれたからなの。
 精霊として目覚めた頃のわたしは、ここだけの話、人見知りがとても激しくて、ミンテともすぐには打ち解けられなかった。そんなわたしを心配して、ある日ジャーンと、わたしと同じ9、10歳くらいの少女に、ミンテは変身してくれたの。
 精霊が姿を変えられるってことにもビックリしたけど、それからはミンテは、わたしの一番の、愛しい家族よ
             ――ラヴァーレ

 

 クレッセントの森から少しばかり南西に位置するケメトは、砂ばかり広がる、何もない場所だった。たまに三角形の、やたらでかい建物が見えるくらいだ。
こんな物を造るなんて、よっぽど暇だったに違いない。クマを追いかけるほうが、有意義だとは考えないのかしら?
 ラヴァーレはラクダの上で揺られながら、隣のラクダに乗る、子供姿のミンテに尋ねた。
「ねえ、あれは何?」
「ピラミッドよ」
「ピラミッド?」 
「そ。あれで宇宙のエネルギーを受信して、この星のエネルギーバランスを整えているの」ミンテは眩しすぎる太陽の光に、目を細めながら答える。
「ふ~ん」
 ラヴァーレは頭にクエスチョンマークを浮かべたが、訊いたところで、理解できそうもないと理解したので、曖昧に会話をやめることにした。
 しかし、ラヴァーレが宙に引き上げた会話の釣り針に、ズル賢い海底の大物は跳ね上がってでも喰らいついてきた。
「もっと聞きたい?」
 あ、釣ってしまった。離して。「いや、もうい――」
「ピラミッドはねー、いろいろと役割や意味があるんだけど、そうねぇ……」
「いいってば」
「アンチエイジング(若返り)効果もあるわよ」
「もっと教えて!」
 ラヴァーレはつい口から出た言葉に、しまった! と深く後悔した。
 自分はなぜこうも、欲求をしまえないのか。というか、ミンテの手口もひどい気がすると思った。ミンテはこの手のオカルト話が大好きで、話すと夢中になって、止まらなくなる悪い癖がある。だから、なるべくなら、聞きたくなかったのだが……。
 ラヴァーレは、あきらめて話を聞くことにした。
「アンチエイジング効果って本当?」
「もちろん嘘よ」
「嘘なの!?」
「うふふ、冗談よ。ちゃんとあるわ」
 くすくすと笑うミンテに、ラヴァーレはかなり疲れた。こうやって人をからかうのが趣味なのだ。この人は(といっても、わたしたちは植物だけれど)。ま、かといってわたしも、ミンテにからかわれるのがイヤというわけではない。
「他にもね、ピラミッドには、人を生き返らせたり、時間を巻き戻したり、術者を精神的に遠くの星のピラミッドに、ワープさせる機能があるのよ」
「ふーん」
「嘘だと思ってるでしょう」
「信じてるよ(ここでわたし、ラヴァーレは、読者の皆さんにだけは正直に話します。嘘です、信じてなんかいません。だって、ピラミッドとかいうあの三角形の建物に、人間を生き返らせる? とか、時間を巻き戻す? とか、ワープとか、そんなことできるわけないじゃん。わたしのお姉さんは、見た目がとってもステキな分、頭のほうはだいぶおめでたいのだ)」
 ラヴァーレの言葉をポジティブに受け取ってしまったのだろうか。このおめでたい精霊は、どんどんピラミッドについて語りだした。
「じゃあいいわ、教えてあげましょう。
 ここ、ケメトの地には、数々のピラミッドがあるわ。種類も大小様々なものがいっぱいあるんだけど、中でも有名なのは、ギザの三大ピラミッドね。特にクフ王のピラミッドの大きさは、数あるピラミッドの中でも群を抜いていて、146メートルもあるわ。いつ建てられたのかは……驚かないでちょうだい、約9100年(正確に言うと、紀元前10490年に着工、10390年に完成。大変だったのよ)も前に建てられたのよ! キャ~。
 特定の音を使えば物って簡単に浮かせられるから、そういう技術を利用して造っていったのよね~。それでも本来のピラミッド建設より、かなり退化した技術だったけど。
 徐々にこういった建築技術は失われていって、後の人は、手作業で石を切り出し、積み上げるスタイルで奮闘していったのよ。最終的に、これらの技術で造ったピラミッドと同じものは、当然、再現できるはずもないから、段々と造るのをあきらめていってしまうんだけど。
 そもそもピラミッドは、天文学的にも、霊界化学的にも超高度で、洗練されたものなのよ。でも、その使い方と役割を、今の人類が理解できるのは……そうね……。ま、2、3千年はかかるんじゃないかしら?
 上の神々が、痺れを切らして進化速度を早めれば、別だけど。でもどうせ、信仰の象徴的なものや、単なるお墓としか思われないと思う。
 アンチエイジング効果については、宇宙から結集したポジティブなエネルギーを――うん、積極光線とでも言おうかしら――そういう光のエネルギーを当てることによって、細胞を若返らせることができるの!  
 もぅ、すっごいでしょ!? 私たちは姿や形を、ある程度自由に変えることができるけど、人類は、こういったピラミッドのパワーでそれを現実に可能にしていたってわけ。ま、もちろんその資格がある人間にだけだけどね。悪用されても困るし。
 他にも、蘇生機能に関しては……影響考えると、やっぱり24時間が限界かなァ~。どんな状態だろうと、肉体の一部が残ってさえいれば、時間を巻き戻して生き返らせられるの。蘇生や復元ができるわ。でも、今の人類と地球の仕組みや、次元環境だと、無理ね。
 あと、元々のピラミッドには、ダークマターを遮断する機能もあったの。これは紫外線みたいなものね。ダークマターを遮断すれば、今の地球人の寿命を数百年から千年まで伸ばすことも可能よ。ケメトのは無理だけど。うん、たぶん無理。
 クフ王のピラミッドでさえ、建築技術にしても機能にしても、当時よりだいぶ劣っているからね。まあ、文明の末期に造られたんだから、それはしょうがないケド。
 そして何より一番すごいのは、ギザのピラミッド、あれが記録媒体ってことよ! 人は、紙に残しておきたいことを記録しているけど、そういった二次元的なものは、三次元で生きている者にしか、読み解けないでしょ? ピラミッドも同じで、あれに記されたテクノロジーを知るには、四次元からアクセスするしか、ないのよねェ~。ハァ。
 心と力であるところの、宗教と科学が、タッグを組まない限り――本気で予算と時間、人材を投入して研究、実験しない限りは……今回の人類には無理な話よ。到底ね」

*:..。o? *:..。o? *:..。o? *:..。o? *:..。o?

 興奮で我を忘れているミンテとは反対に、ラヴァーレはミンテのピラミッドうんちくの冒頭、「ここ、ケメトの地には……」の下りから、もうすでに聞いてはいなかった。
 ラヴァーレは思う。
 この物語はアロマファンタジーよ。そういうオカルトはジャンルが違うから、ヨソでやって欲しい。作者も絶対そう思ってるわ(もしもミンテのナイル川のように長ァ~~~いお話を、わたしとは違ってちゃんと聞いてくれた読者がいたのなら、感謝の念に堪えないわ)。
 そして、ミンテが延々とオカルト話に花を咲かせている間、ラヴァーレは他のことを考えていた。
 アカデミーに入学するためにクレッセントの森を出発して、2ヵ月と半月ほど。ラヴァーレは、今までの旅路を思い返していたのである。
 初めての家族旅行は、驚くことばかりだった。
 まず、この世界は、意外と人間が多いことにビックリした。今までずっと森の中で、動物たちや虫、お花たちと一緒に暮らしていたので、人間を見るなんてことはなかったが、外の世界では、こんなにもいっぱいいるものなのか。
 それに、市場やお祭りではスパイスの効いた食べ物や、甘~い匂いの焼き菓子を買ってもらった。とろりと蜜のような触感が、口いっぱいに広がった時は、思わず笑みがこぼれた。幸せいっぱいに満たされた後は、友達になった人間の男の子と、月に向かって燃え盛る焚火の近くで一緒に踊ったりもした。

 ――人間って、イイやつもいるのね。別れてしばらく経ったけど、元気かな

 この旅行を通して、いろいろなものを見た。経験した。クレッセントの森では見られなかった動物。お花や木。そして。

 どこか荒廃とした大地に沈む夕焼けを、ぼろぼろになってまで、生きている巨木の隣から見た風景は、今でもなぜか胸に焼きついている。 

 海という大きな湖のことも、忘れられない。ラピスラズリみたいな瑠璃色のきれいな海でミンテと遊んだのは、よい思い出だ。

 ――楽しいことばっかりだったなぁ

 しかし、後半はとにかく嫌な思いをしてばかりだ。

 ――まず暑い。熱い。アツイ! とにもかくにもアツイ! なんだここ、砂ばかりじゃん。つまらーーー~ン

 ラヴァーレはもう限界とばかりに、ラクダのコブに顔をうずめた。が、すぐに顔を上げた。臭かったのだ。
 旅の最初はよかった。でも、徐々に草木が少なくなっていき、岩肌が露骨に見え始めると、地面もどんどん禿げた部分が目立っていって、いつの間にか生き物もいない、殺伐とした世界に来てしまった。
 風も病気みたいに乾燥していて、カラッとしているが、全然気持ちよくない。最終的には、こんな砂以外ほとんど何もない場所にたどり着いた。

 ――もう最っ悪

 極めつけは――今乗っているこれ。ラクダだ。楽だけど、揺れがヒドイのだ。人生で初めて酔いというものを経験したが、こんな思いはたくさんだ。もう二度と乗りたくない。
 こんなところにアカデミーなんて、本当にあるのかな?
 ラヴァーレはミンテを見た。

 ――まだ話してる……

 ミンテの服装はいつもと変わらず、白いシャツにジーンズのラフな格好をしている。ラヴァーレも似たような格好で、海色のリボンと何重もの円で彩られた、白い麦わらのつば広帽子を被り、白と黒で四分割されたモノトーンのユルい服(本当は〈ドコドコさん〉の地中海限定記念Tシャツを着たかったけど、さすがにそれは、とミンテに阻止された。わたしは世間の目なんか気にしないのに……)に、下は暗い色のジーンズをはいている。靴は、ミンテはアップルグリーンの明るい色だが、ラヴァーレは黒いトレッキングシューズをはいていた。
 似た格好でいるのに、どうしてミンテは涼しげな顔をしているのだろうか? ラヴァーレはそれが疑問で仕方がなかった。
 うーん……カワイイからかな……いや、ちがうな。それだったらわたしも涼しいはず。強い精霊だからかな? 
 どうしたら熱くなくなるのか、ラヴァーレは真剣に考えた。しかし頭を使っているせいか、考えれば考えるほどに、体がどんどん熱くなっていく気がする。
「ラヴァーレ! 髪!」
「髪?」
 ミンテの慌てた声に、自分の髪を見てみた。

 ――燃えている……ぅわ

「ミンテ!? ミンテ!」
 ラヴァーレは頭が真っ白になり、心が弾けたように何も考えられなくなって、ラクダの上で暴れまわった。
 ミンテが慣れた手つきでラクダを操り、近寄ってくる。真っ赤に焼けた砂の上に落ちそうになるラヴァーレを、すんでのところで捕まえて、鞍の上に体を安定させると「落ち着いて、大丈夫だから」と、煙を上げる髪に手をかざす。
 何か呪文のようなものをすばやく唱えると、火が霧散して、スーッと消えていった。
「――……」
 ラヴァーレは、あまりの出来事に言葉を失っていた。ただ、少しだけ焦げてしまった髪の先っぽを、恐ろしそうに見つめている。
 もしもミンテが、気付いてくれなかったら……。髪の大半を、失っていたかもしれない。
「ありがとう、ミンテ。……砂漠って、恐ろしいところだね」
「一緒にラクダに乗っていれば、こんなことにはならなかったのにね」、と、ミンテが少し寂しそうに言う。
「(だって、ひとりで乗りたかったんだもん)髪が燃えるなんて、思わなかった」
「それは、私も驚いたけど。まさかラヴァーレが、自然発火するとはねえ」
「自然発火?」
「そう。私の古い知り合いにも、気温が高すぎると、あなたみたいに燃えてしまう精霊がいるわ。ま、そいつは意図的にだけどね。タチの悪いったらありゃしない」
 その言葉に、ラヴァーレは信じられないと驚いた。
「自分でわざと発火するの!? なんで? 燃えるんだよ!?」
 ミンテは宙を憎々しげに見つめ、どこか別の場所にいるようだった。
「そうやって敵の植物を根絶やしにして、自分の版図を広げていくのよ。もしかしたらラヴァーレにも、戦いの才能があるのかもね」
「わたし、そんな才能欲しくないよ、みんなと仲良くしたい」
 ラヴァーレの言葉を聞いたミンテは、しばらく黙った後、どこか儚げに、口元を緩めた。そして、我が子にちゃんと言い聞かせるように、ゆっくりと口を開いた。
「……その気持ち、忘れたらダメよ」