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のほほんほわほわ

植物擬人化小説『ラベンダーさん』が読めます

ラベンダーさんと征服の草Ⅰ アトランティスへの不満   第1話 ミントの精霊


 そよいだ風に木々たちが笑い、黄色い花が咲き誇る丘で。
 太陽の色を灯した瞳、光を受けて輝く髪の毛。そして、大地のように悠然とした姿。

 わたし、待っています。ずっとずっと、待っていますから             


 
第1部 アトランティスへの不満

 
1 ミントの精霊

 

 あなたに出会えて本当によかったわ。私の愛しいラヴァーレ

                            ――ミンテ

 

 太陽の光がキラキラと差し込み、いくつもの六角形や八角形が連なって出来た光の帯が、一直線に草花を照らしていた。
 朝日を一身に受けた白い花は、背伸びをするように茎をグッとのばすと、花びらを広げ、そのとなりでは生命力に満ち溢れた木々が、赤く熟れた実を結んでいる。 
 果物の甘い香りに誘われた小鳥たちが、何羽か、さえずりをあげて飛んでいった。
 1滴のしずくが、細長い草の上からこぼされないようにと一生懸命ふんばっていたが、やがて、水たまりに落ちてしまった。

 ――ピチョリ。

その音で私は目を覚ました。

 ゆっくりとまぶたを開けると、緑色の美しい世界が目に入ってきた。
 緑に萌える一面の大地は、白や赤の花々で鮮やかに彩られており、美味しく清らかな空気を作り出している。どこか遠くから流れてくる水の音が、風で揺れる枝葉の伴奏と、鳥たちの奏でるメロディーと重なり合い、自然の音楽を奏でている。
 ただただ美しく神秘的な世界の音に、私は耳を澄ませていた。
 暖かい日も、寒い日も。ここに、ずっといて。
 昼が過ぎ、夜が明け、太陽の光でウトウトしたら、月の光で目が覚める。しとしとと降る雨は気持ちよく、世界の一部になったようで。
 ずっと、ずうっとそうやって、太陽の光をもう何回浴びた時のことだろうか。優雅で繊細な自然の音楽を聞いていると、いつもとは違う音が聞こえてきた。
 草木の音、虫の音、鳥の飛ぶ音、水の音。そのどれとも違う音が、段々と私に近づいてくる。
 最初は小さかった音が、どんどん大きくなってくると、今まで感じたことのない感情でいっぱいになり、どうしたらいいか分からなくなった。
 しばらくすると、得体の知れない大きな音が急にピタリと止み、聞こえなくなる。
 ほっとしたのも束の間、今度はドクン、ドクンという音が、自分から鳴り響くのに気が付いた。
 私は一体どうしてしまったのだろう。
 今までとは明らかに違う、世界に起きた異変を感じていると――突如私の体は衝撃に見舞われた。

「ねえったら、無視しないでよ!」

 知らない感覚が私の体全身を駆けめぐり驚いて飛び跳ねると、見たこともない生き物も飛び跳ねて大きな音をあげた。
 その音は、鳥たちが奏でる心地よい音とは、正反対のものだった。

「「キャァァアアアアアァァ!!?」」  

 私の体からも飛び出たその音は、後で知ったのだが、声というものだった。
   
「あー、ビックリした! そんなに驚くなんて思わなかった」
 目の前には、見たこともないヘンな生き物が立っていた。でも、わたしはこの生き物について、なぜだか知っている。
 たぶん……ニンゲンだ。
 このヘンな生き物――ニンゲンは、胸を手で押さえながら、まだ息を整えていた。わたしも同じように、大きく何度も息を吸った。
「私、何度もあなたに声をかけたのよ? なのに、ぼーっと立ったまま動かないじゃない」
 それで肩を叩いたのに、ひどいわ、とニンゲンは怒ったような、困ったような調子で話していた。
 わたしは――……わたしは? どうしてニンゲンの言葉が分かるのだろう? どうしたら、いいのだろう? と思っていると。
「おーい、聞こえてる?」ニンゲンが手を振った。
 顔の前に出されたその手の動きを、ずっと眺めていたら、ニンゲンは困った顔をして、自分の頭から生えているつる草を手でかき上げた。
「あちゃ~。もしかして、生まれたての精霊かな」
「うまれたての……せいれい……?」
「お嬢ちゃん、名前は分かるかな?」という問いに、わたしはぶんぶんと花びらを振った。
「あなたも私とおんなじ、精霊なのよ」
 自分の姿をよく見てごらんなさい、と、陽の光みたいに優しい声で言われたので、見てみた。すると――

 ――絶望した。はわわわと息が漏れていき、苦しくなる

 わたしの体は、ニンゲンだった。お花ではなかった! 手と呼ばれる細長い枝に、首とかいう茎みたいなもの、それに、幹を支える根っこは2本しかない! これで、どうして立っていられるの!?
 花びらからは大量のお水が、ぽろりぽろりとこぼれて落ちて、わたしの立っている地面を濡らした。
「やだ、わたし、ニンゲンになっちゃった……」

 わあと泣き始めた少女を、もうひとりの若い女性は、土から花をそっとすくうようにして、やさしく抱きしめる。少女は自分の体が、スッキリとした爽やかな香りで包まれるのを感じた。
「まだ混乱しているのね……大丈夫。人間じゃないわ。私たちは、植物の精霊よ」
 しょくぶつの……せいれい? 泣きじゃくりながら、苦しそうに口にする小さな少女に、精霊の女性は元気よく頷いた。
「そう、精霊よ! 人間よりも、ずっとずうっと、すごいんだから!」
 だからね、もう泣くのはおよしなさい、と優しい海色の目で諭されて、少女もコクリと頷いた。はい、いいこいいこ、と頭を執拗になでられたが、そのおかげで、泣いていた恥ずかしさは忘れることができた。
 少し経ち、頭をなでていた手が止まったかと思うと、女性が何かをじっと見ている。
「これってもしかして、あなたの花じゃない?」
 女性が指さすほうを見やると、少女の足元に一輪の花が咲いていた。
 紫色のとても美しい花だ。
 きっとそうよ、そうだわ、となぜかうれしそうに笑う女性を見て、少女もつい、笑ってしまった。
「ほら、あなたのこの髪の色、この花にそっくりだもの」
 少女は思った。そう言われてみれば、確かに他人とは思えないような不思議な繋がりを感じる。
 あなたはきっと素晴らしい精霊になるわ、と女性が言うので顔を赤くしていると、突然思いついたように、彼女は微笑んだ。
「そうだわ。私が名前をつけてあげる」 
 こんなにきれいな花だもの、立派な名前をつけてあげなくちゃね、と女性はしばらく黙りこむと、ブツブツと何やらつぶやき始めた。
 ラブリ……パー……いや、ムーンリバー……ううん、ラーヴェイ、ラーヴァー、と呪文を唱えるように、言葉のかけらを次々に紡いでいく。
 そして――

「――ラヴァーレ」

 と口にした。あなたの名前はラヴァーレよ、と女性が言う。
 稲妻が走ったように少女の体がしびれた。なんかカッコイイ。
 少女の様子を察してか、女性も満面の笑みを浮かべる。
「うふふ、気に入ってもらえたかしら? よろしくね。ラヴァーレ」
 子供らしくはしゃぐ少女に、彼女は続けて言った。

「私はミンテ――ミントの聖霊のミンテよ」