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のほほんほわほわ

植物擬人化小説『ラベンダーさん』が読めます

第11話 激昂の『没薬』

ラベンダーさんと征服の草Ⅰ アトランティスへの不満


 死ねェええェええぇえええッ!!
     ――???(『ラベンダーさんと悪の華』より抜粋)

 

 ラヴァーレが中へ入ると、大広間いっぱいに精霊たちが広がっており、百人以上もの視線が彼女に集まってきた。
 議会の場として必要ないものは極力取り除かれた内装の特別会議場には、彼女が想像していたよりもずっと多くの精霊たちがおり、大扉を開けたらいきなりそんな光景が見えたので、硬直してしまった。
 ラヴァーレは、緊張で枯れそうだった。
 いろんな姿の大人の精霊たちが、怖い顔でわたしを睨んでくる。

 ――え、わたし、これ……どうしたらいいんだ!?

 何をしたらいいのかまったく分からず、あたふたして、動かなくなった頭をなんとか働かせようとして、でもパニック状態で処理落ちしたりして……。困って泣きそうなラヴァーレ。
 『日の昇る評議会』の面々も、いきなり見知らぬ少女がアロマ連合本部の特別会議場に、それも評議会中に、扉を開けて入ってきたことに驚いていた。
 この特別会議場の扉は、資格を持つ者しか開けられない仕組みだ。なのに一体なぜ、この少女が扉を開けることができたのか。制服を着用していないところを見ると、どうもアカデミー関係者ではないらしい。もしや、〝至上主義者〟が少女に化けて襲撃に来たのかと構え始める。
 ラヴァーレはなんとか状況を把握しようとして、必死に考えた。
 わたしは、アカデミーに入学するために来て、ここへ来たのは……
 そして、結論を導いた。
 ――っていや、わたしが分かるわけないじゃん! ミンテは? そうだよ、ミンテに連れてこられたんだから、なんでわたしが困らないといけないんだよ。
 急いで辺りを見まわすが、特別会議場に入るまで一緒だったはずのミンテがどこにもいない。
 は? なんで!? 
 ラヴァーレが必死にミンテを探すと、外の廊下のほうから彼女の香りが匂ってくるのに気が付いた。
「おい!」この女っ! 本当に信じらんない! 
 なんとミンテは、廊下側に開いた大扉の内側に、壁と挟まるようにして隠れていたのだ。
 ラヴァーレは怒る。
 今わたしが、どんな想いでおっかない大人たちの視線にさらされていたか――イタズラでも、やって良いことと悪いことがある!
 彼女が力強く引っ張ると、わははと笑いながら簡単に出てきた。そして「Hello」、と、ミンテは恥ずかしそうに皆に手を振った。
 大広間へ入ってきたミンテを見て、精霊たちが驚きの声をあげ始める中、全身が白い服――いや、白い包帯に包まれた花がぶつかってくるような勢いで飛んできた。
 あっ、ミルラさんだ! ラヴァーレは知った花がいることに気付き、少しだけ安心した。
「遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い! 遅いッ!!」ミルラさんは維管束がブチ切れるほどの剣幕でミンテに押し迫る。
「ふつうよ」「遅い!!」
「文明が滅ぶ直前の人間共を見ているようだったぞ! 何をチンタラやっていた貴様!」
「うふふ、やだな~先輩。クレッセントからケメトまで、一体何キロあると思ってるんですか~」
「馬花か!? 飛んで来いよ! 魔法陣使えよ! ガルーダだっているだろ! 一瞬で来れんだろが! 今回の人間だって、三週間もあれば余裕で着くぞ! 徒歩で来たのか貴様!?」
「馬もラクダも乗りましたよ?」ミンテはふわりと答える。
「じゃあ、なぜ三ヵ月もかかった?」
「地中海でピザ食ってました(レディーを走らせたお返しよ)」ラヴァーレが答える。
「あっ、こら!」
「貴様ァァァァァ!!」
 ミルラさんは激昂した。
 冥府から逃げた亡者を追いかける獄卒のように、どこまでもどこまでも、上の次元まで追いかけてきそうな叫び声をあげた。
「苦しっ、死ぬ、うッ」
 ミンテがミルラさんに首を絞められている間、ひとりの男性がラヴァーレに話しかけてきた。
「よう嬢ちゃん、あのふたりはいつもあんな感じだから、放っといていいぜ」
 ラヴァーレは男性を見た。
 近未来的な黒い服を着こなした、短髪の粋な男性だ。目元に刻まれた笑いじわに、目の下にできたくぼみからは、ミンテのようなイタズラっぽさが感じられた。
 中折れ帽子を小粋に被ったシブい男性は笑う。
「あんふたりは昔っからああなんだよ。ったく、一万年も一緒にいるっつうのに、まるで変わりゃしねェ」
 一万年……。そのスケールの大きさに、ラヴァーレは驚愕を超えてぽかんとしていたが、ふと疑問に思うこともあった。

 ――そういえば、わたしって、体は9、10歳くらいだけど、本当は何歳なんだろう?

「ちょっとシンくん、余計なこと吹きこまないで」
「だってそうだろ? ミンちゃん」
「おい! よそ見してないで、私の目をちゃんと見ろ!」
「ぐっ、包帯しか、見えないッス」
「おいおいミルっち、そうカリカリすんなよ」
「シナモン! その呼び方! やめろ」
「げほっ、先輩、もヴ放じで」
 と茶番シーンが始まったところで、純白の一枚布をカーテンのように巻きつけた、神々しい雰囲気の花がラヴァーレに話しかけてきた。
「やあお嬢ちゃん。彼らはいつもあんな感じだから、心配するだけ損だよ」
 ラヴァーレは男性を見た。 
 腰まで届きそうな、ゴールデンブロンドの明るい髪の花だ。頭に乗せた花冠を揺らしながら、首を横に、やれやれと振っている。
 サンダルをはいた男性は歌うように、軽やかに言った。
「植物のくせに、成長のない花たちだねぇ。顔を合わせるたんびにああやって、飽きもせずにケンカしてるんだから。まったく大したもんだよ」
 シナモンが睨んだ。
「けっ、ナルシストのクセによく言うぜ、ええ? カモミールさんよぅ?」
「なんだよシナモン。もしかして、ぼくの美しさに嫉妬してるんだな」
「そんなわけあるか!? どうして俺がテメェに、嫉妬しなきゃなんねーんだよ!」
「……苦ッ――」
「おいカモミール、お前からもこの馬花にひとこと、言ってやってくれ」
「久しぶりだねミンテ、元気だったかい?」
「……だどぅッ……」
 ラヴァーレは、なんだか不思議な感じがした。なんだろう? なんか、こう、引っかかるような……
 しかし、もう少しで思い出せそうなところで、また男性が話しかけてくる。
 オレンジ色の長い一枚の僧衣を両肩を覆うように着た、剃髪(坊主頭)の壮年精霊だ。
「これはこれは。こんにちは、可愛いお嬢さん。私はサンダルウッド。見なさい、あの醜い精霊たちの争いを。まるでこの世の縮図のようだ」
 カモミールがあざ笑った。
「サンダー、さてはキミもぼくの美しさに嫉妬しているんだな? まったくぼくってやつは、罪深いな」
「うるさいぞハゲ、私は今、説法をしようとしているんだから」
「なっ――!? キミが言うのかい!? キミが!? キミにだけは、ハゲなんて言われたくないよ!」
「じゃあ俺が説いてやろう。諸行無常は知ってるな、カモミール? そのご自慢の長い髪も、いつかは滅ぶんだぜ」
「説法か。おいサンダー、こっちへ来てこの馬花にたっぷり説いてやってくれ」
「おうミンテ、元気そうで何よりだ」
「……………………」


――~――~―――ピ――――――

 ご臨終です。
「枯らさないでください!」

「黙れぇえええ!!!」
 場に大声が響き渡る。しーんと水を打ったように、静まり返ったミンテたち。
 そこへ、杖をカッカッと打ち鳴らしながら、威厳よろしく歩み寄ってくる青年がいた。
「貴様ら、『評議会』はまだ終わっとらんぞ! 何をギャーギャー騒いでおるのだ! 女子か!? 今や連合のマスターにもなって、恥ずかしくないのか!」
「そう怒らないでよ、オリバー、いつものことじゃないか」カモミールが、何をいまさら、と肩をすくめる。
「カミーユ……まあいい」オリバナムは、いつものやりとりに呆れつつも、ミンテに向き直った。「よぉ、ミンテ。400年ぶりじゃな。この三ヵ月、遅れた理由を聞こうかの」
「この子、今まで森から一歩も出たことがなかったんですよ。だから、世間勉強(一緒に旅行したかったから)ですね。ハヤブサが、文香届けてくれたでしょ?」
「……ミルラ、どうなんだ」
「文香は、確かに届いている。だが、届ければ、遅れていいとでも思ってるのか?」
「じゃあ、人間界の様子を何も知らずに、ただ勉強させるって言うんですか? 世間を知っているのと知らないのでは、理解度や向上心が、まるで違うと思うんですよね、私」
「ぐっ……確かにそうだが、お前がそもそも教えていれば! どれだけ一緒にいるかは知らんが、何十年も教える時間はあっただろうが!! よりによって、今このタイミングで――」 
「もうよいミルラ。こういう奴じゃ、こやつは」オリバナムがミルラを制す。
「さっすが~! オリちゃん分かってるゥ~」抱きつこうとしてパシッとはねられたミンテは、え? と捨てられた仔犬のように、寂しそうだった。

 ――あ、そうだ。この花たち、ウチの写真で見たことがある

 ついにラヴァーレは、さっきから胸に引っかかっていた既視感の正体に気が付いた。オリバナム、カモミール、シナモン、サンダルウッド。この精霊たちは、彼女の家の写真立てに、ミンテと共に映っていた精霊たちだったのだ。
 ローブを着た褐色肌の黒髪青年――オリバナムは言う。
「さ、戻れ戻れ」
「いえ、もう大丈夫です、『薫香』殿。終わりのようなものです」
「『銀の狐』」
「相変わらず楽しそうなメンツで、うらやましいです。オリエント勢は、やはりこうでなくては。今回の文明は我々が鍵になるので、みんな責任重大で、向こうは空気が重苦しいんですよね」
 銀髪の白い着物の男性は、良い見せ物を見させてもらった、とでも言うように、微笑んでいた。
「疫病の対策案も決まり、『征服の草』もこうして連合に帰還した。今回の『日の昇る評議会』は、もう終わりでしょう」
「……む――確かにそうだの。どっかの馬花が飛びこんで来おったから、崩れてしまったが――オマケにガキ臭いことをしおって。〝至上主義者〟が攻めてきたのかと思ったわ。でもまあ、答えは出たことだしの。気付けばもう黄昏時か」
 オリバナムは特別会議場にいる神、精霊たちを見まわすと、アロマ連合の長として、貫禄と威厳に満ちた声で言い放つ。
「地球の発展を願う同志たちよ。各世界、次元の友たちよ。皆、誠にご苦労であった。此度の『日の昇る評議会』は、これにて閉会としよう」
 オリバナムが閉会の辞を唱えると、会議場中の神や精霊たちが、次々に消えていった。
 白い羽を大きく羽ばたかせ、消えるグループ。巨大な龍に変化して、天井をすり抜けていくグループ。海に潜るように、床に沈んでいくグループ。普通に会議場から出ていくグループ(普通に出たいヒトたちも、そりゃいるさ by作者)。中には、ピンク色のドアを出して中へ消えていく青いタヌキや、花びらや鳩を巻き散らしながら、色鮮やかに、ポンッとお洒落に消えるヒトまでいる(ミルラさんとオリバナムは、この帰り方がだいっきらい。なぜって? 掃除するのは彼らだからさ)。
 おのおの自由に、というか、流儀というか、マイペースに帰っていくヒトたちの様子を、楽しそうにワクワクしながら見るラヴァーレ。
 すると精霊のひとりが、彼女へ手招きをする。口の周りに大きな白いひげをたくわえた、軍人のような大男だ。
 眼帯をつけた赤い服の大男は、ラヴァーレに言う。
「ちょっと手伝ってくれ、エンジンの調子が悪くてな。このメーターが、この辺りまで来るかどうか見ていてくれ」そう言うと、なにやらハイテクそうな乗り物の下に手をつっこんで、作業を始めた。
 ラヴァーレが離れたことに気付かず、ミンテはオリバナムたちと話をしていた。
「というわけで、今まではまあ、私と一緒に暮らしてたんだけど、あセンパイっ、暴力は今ちょっと……いや、あとででもダメですケド、ほら、精霊として、ね。人々の模範になるような行動――mって待って」
 オリバナムは正直イラついた。「ミンテ、ふざけてないで早く!」
「いでッ――でですね、私も仕事に復帰するから、ついでに連れてきた訳ですよだだだッ――」
 オリバナムは頭を悩ませた。
「ふーむ。さてさて、と……困ったものだのう。三ヵ月いろいろ教えたとは言っても、ほとんど精霊としての知識も、ないようなものじゃ。知識をあまり得ないで生まれたタイプか」
「本来であれば、持っている知識や実力に応じてテストを受けさせ、クランを決めるんですが、これは厄介ですね」
 銀狐もどうしたものかと考え、一同でどのクランに入れるべきか、話し合っていた時――

 ブォオン、ドッドッ、ブォオオンブォオオンブロロロドッドフドフ  

 盛大なエンジン音が部屋中に響き渡った。
 そして、飛びっきりにダンディーな声が聞こえてくる。
「準備はいいかスネーク! 嬢ちゃんもよくやった! あんがとよ」
 しゃべっているのは、立派な角を生やしたオスのトナカイだ。キンニクムッキムキ♪
「嬢ちゃん、手伝ってくれて悪いな。少し早いが、クリスマスプレゼントだ」
 強面の大男はそう言うと、乗り物の中から何かを取り出し、ラヴァーレに手渡した。
「こ、これはっ!?」
 ラヴァーレは驚きのあまり、声を失ってしまった。

 ――ま、まさか、こんなところで、もらえるなんて……!!

「あ、あの、こんなもの、本当にもらってしまっても……」
「良いんだ! 君みたいな子の、そういう顔が見たくて、配ってるんだから」
「……。!? うわあ! あ、あの、本当に、ありがとうございます!!」
「その気持ち、大人になっても忘れないでくれよ。人にしろ、精霊にしろ、大人は大切なものを外に求めてしまう。でも本当は、違うんだ。強さも、夢も、希望も愛も、もう持ってるんだ。なのに! 忘れているだけなんだ! だから、お嬢ちゃんがもし大人になった時――困った時、辛い時は、ハートに両手を当てて、今の気持ちを思い出してくれ」
「おい、スネーク! 時間だ! もうこれ以上は遅れられないぞ!!」
「分かってる! ジェファーソン、いま行く」
 眼帯をつけた強面の大男は、今までの旅でラヴァーレが見たこともない、ハイテクで複雑そうな乗り物に乗りこむと、再びラヴァーレのほうに向き直る。
「いいか嬢ちゃん、もうひとつプレゼントだ! 植物ってのはな――」
「スネークッ!!」
「上を向いて育っていくもんだ!! 学校の先生や大人たちは、下を向かせるようなことばかり言うが、そんなことに耳を貸すんじゃないぞ! 本当は、子供にそんなことを言う馬鹿こそ、下を向いて反省するべきなんだ! 時には間違ったっていい! 枯れちまうくらい辛かったら、逃げたっていいんだ! とにかく上を、自分の行きたい場所を、見続けるんだぞ!」
 そう言うと、スネークと呼ばれた赤い大男は「じゃあな」と言い、コックピットの中へ消えていく。
「待って! あなたは一体!?」
「BIG SANTA(ビッグ・サンタ)。ヒトからはそう、呼ばれている」
 コックピットのハッチを完全に閉めると、念話で彼の声が、ぼやっとラヴァーレの頭に届いた。
[危ないから離れてな! ジェファーソン、準備はいいか!]
[もうできてる! おまえ待ちだよ!]
[それはすまなんだ、じゃあ行くぞ!!]

「ハイパードライブだ!!」

 傍聴席や円卓テーブルが、ビッグ・サンタの乗ったソリ(ソリ?)の発する衝撃でひっくり返り、壁に掛かっている絵画も、次々にはずれては飛んでいく。
 ソリのバックミラー越しに、包帯を巻いた花の険悪な顔が映ったが、そんなものお構いなしとでもいうように(後日サンタ界にキツイ苦情が来たことは、言うまでもない)、彼らは特別会議場から空間を超えてワープした。

         ォン ォン  ォン   ォン
  ワアアン    ワァアン    ワァアン   ワアアン
 ゥゥゥゥウウウウウウウキュイイイイイイイイビュンッッッ!!!!!
           ミュワァアァアァアァアアアアアン

 ラヴァーレが、聞いたこともないような不可思議で奇妙な音を、空間に染みこませるように鳴り響かせると、ハイテクな乗り物は、あっという間に時空の彼方へ飛んで行ってしまった。
 会議場中を衝撃の津波が襲い、ラヴァーレは吹き飛ばされないように、こらえるので、いっぱいいっぱいだった。壊滅的な被害を受けた会議場は、嵐の後の晴天のように、彼女の歓声で満たされる。
「すげぇぇぇ!? うわああああ!! ワープってやっぱり、本当だったんだ!! こういうワープもあるんだ!?」
 オリエント・アロマ・アカデミーに来て良かった。もうお腹いっぱいだ! 
 ラヴァーレの心も、作者の心も、本当にいっぱいいっぱいで、幸せに満たされていた。
 しかし、その場に残っていた大人たち――オリバナム、ミルラ、カモミール、サンダルウッド、シナモン、ミンテ、錦狐、藤、麻子は、険しい顔つきをしていた。

 ――え、なんだこれ……

 特にミルラさんは、例のごとく表情は包帯で隠れて見えないが、もういろいろと、ご愁傷さまです……本当に。
 特別会議場跡地にたたずむ大人たちのもとへ、ひとりの純粋な少女が走ってくる。
「ミンテ、ミンテ! これやばい、見てこれ!!」
「なによ、いま大事な話――…………? …………!!? ッッッど、だ! どうしたッのよ、ソレッ!!!?」
「さっきのおじさんにもらったの!」
「でええええ!!?」
 ミンテは、こぼれんばかりに目を見開いた。しぼんでいた花も、また満開になってしまいそうな勢いだ。それもそのはず、予想だにしないものが、ラヴァーレの手に握られていたからだ。
 ラヴァーレが手にしている本。それは――

 ――OBAKE図鑑だ

 OBAKE生態図鑑  ヴィジュアル版
 オールカラー 1236P
 各世界、次元、銀河の謎に包まれたOBAKEの生態を一挙公開!!
 失われた超太古のインフォメーションが今、現代によみがえる!!
 あのトト神も大絶賛!!
 なんとOBAKE研究の銀河的権威、オーキド博士との対談も収録!?
 オーキド「OBAKEは実在するんじゃ」
 豪華付録――〈ドコドコさん〉、〈トオルヨくん〉、〈ボソボソさま〉、〈ブクブクちゃん〉からひとつ、特性ストラップがついてくる!!

                               ――著*アガシャー

 いろんな宇宙、次元の、いるかどうかも分からないOBAKEについて、なぜか詳しく書かれている幻の一冊だ。OBAKEたちの生態、目撃場所や体験談、遭遇時の対処法などについても満載の、OBAKE好きにはたまらない内容となっている。
表紙を飾るのは、もちろん我らが〈ドコドコさん〉である。ラヴァーレは、自分の愛してやまないOBAKE――〈ドコドコさん〉のイラストが、伝説のOBAKE図鑑の表紙を飾っていることに喜んだ。しかも映っているのは、ラヴァーレの一番大好きな〈ドコドコさん〉――〈ドコドコさん〉六芒星タイプだ。
 ラヴァーレは心が満ち満ちていた。
 この本は、今はもう一冊しか、一冊しか! 残っていない代物よ。それが、今! このわたしの手に! あるのだ!! 
 大はしゃぎしながら同じくOBAKE愛好家の姉、ミンテの喜ぶ姿を想像していたラヴァーレだったが、ミンテの反応は、彼女が思っていたものとは……違うものだった。
 ミンテの顔から、キラリと光るしずくが、こぼれ落ちる。
「……ミンテ?」
「…うゎ………」
 ラヴァーレは驚いた。
 この本を見られたことが、そんなにうれしかったのかな? 世界に一冊だけって言われてる、伝説の本だもんね。それにしても泣くなんて、ミンテは大げさよね。
 ミンテの様子に、どうしたのかと近づいてきたオリバナムたちは、ラヴァーレの手にしている本を見て、皆一様に息を呑んだ。
「ミンちゃん…………!!」シナモンが、ミンテを優しく抱きしめる。
 サンダルウッドは慈しみにも似た色を目に浮かべ、どこか懐かしそうに、OBAKE図鑑を眺めている。
「ミンテ。探し物が見つかって、良かったね」
 カモミールも、使命を成し遂げた者を称える女神のように、ミンテと本を交互に見つめていた。
「ラヴァーレ……だったか? ちょっといいか」ミルラはラヴァーレから本をもらうと、しばらく本を見つめ、物思いにふけっていた。もしかしたら、否定派のミルラさんもOBAKEに興味を持ったのかな? とラヴァーレが思った時――ミルラはひどいことを言い始めた。
「……当時はただのゴミだと思っていたが(ラヴァーレはこの言葉に少なからずショックを受けた)、今こうして見ると……なんだかな……」
 ミルラの香りが、どこか悲しそうなものに変わったことにラヴァーレは気付いたが、その理由を彼女は分からなかった。
「ぜんぱいっ! 人類史上、いえ、地球至上最も価値のある本(※あくまで個人の見解です)に、なんてことをッ!!」
「……そうだな。悪かった。お前にとっては、大事なモノだもんな」
 ミルラにしては珍しく、素直にミンテに謝った。
「……フッ。同じ本なのに、当時と今でここまで感じ方が変わるなんて、驚きだ」
 そしてミルラは、この本を一番見たがっていた人物を見る。
「おい、オリバナム。アガシャーの本だぞ!」
「わしはもう見た!」
 オリバナムは背を向けていた。誰にもその顔は見えなかったが、彼の匂いは、口ほどによくものを語っていた。ミルラは『日の昇る評議会』で隣にいた時に感じた心地よい匂いとは、まったく違う匂いに、口を閉ざす。普段の彼の香りは神秘的で、近づくのを遠慮してしまうぐらい神聖なものがあるのに、柑橘系の果物にも似た親しみやすいフレッシュな匂いもする、不思議な香りだ。
 しかし。
 今のオリバナムから感じる匂いは……ちょっとごめん。これは作者も、感情が高ぶってうまく書ける気がしない。
 頑張るけど。
 今のオリバナムからミルラが感じる匂いは、教会で懺悔を聞かれたくないヤツに聞かれてしまった人のように、胸がウズウズしてしまう、非常にもどかしい匂いだった。
 黙りこくるオリバナムと、オリバナムを見つめるミルラ。二輪の花の気持ちを察してか、サンダルウッドが、わははと笑いながらみんなを見る。
「まさかなあ! これが残るなんて、誰も思わないよなあ」
「うわははは」シナモンも笑う。
「うふっ。ありがとう、シンくん。もう、大丈夫だから」
 シナモンから離れたミンテは、泣きはらした顔を、恥ずかしそうにうつむかせていた。
 みんなのやりとりについていけないラヴァーレは、ひとり孤独な気分だった。みんなが何を言っているのか、自分だけ意味が分からない。ミンテに訊こうと思ったが、ぐしゃぐしゃに顔を赤く泣きはらした彼女なんて初めて見たので、何がなんだか状況がさっぱりだったが、仕方なく黙っていることにした。
「笑いごとで済むか!!」部屋に響き合う笑い声を急な怒鳴り声がさえぎった。
 オリバナムだ。
「あやつは、くっ、あの馬鹿は、こんなくだらないモノを書いておるから、全部ダメにしたのだ! 自分の……もな! 救う使命を持って生まれてきたくせに、わしらよりも強い力を持っておったクセに! そのクセに! 何も救えてないじゃないか! 全部海の底だ! 何もできなかったくせに、残ったのは自分の書いた、なんの役にも立たん本だけ! とんだお笑い種だ! 地球のためのテクノロジーだとか、教えとか、哲学とか、非物質世界の正しい現実とか、残すべきモノはたくさんあったじゃろう!! なんで全部、全部ッ! 大陸ごと沈んでしまったのに、そんなどうでもいいものだけ残っておるんじゃ! おかしいじゃろう!? 一番助かるべきは、その本じゃなくて――……ッッ……!!」
 オリバナムは……憤っていた。その怒鳴り声には魂にまで痛いほど響いてくるものがあった。
「見ないほうが、よかった」
 誰も、彼の言葉に答えられる者はいなかった。
 こういう時、一番頼りになるカモミールも、つっかかりそうなミンテすらも、オリバナムの剣幕に気圧されて、彼の言葉には、何も言えなかった。
「まあまあ皆さん、落ち着いてください」そこへ、ひとりの精霊が声を出す。
 銀髪の白い着物の男性――銀狐だ。
「今は、身内同士で揉めている場合ではないでしょう? いつまでも過去を後悔していないで、未来に向けて、航海するべきです」
 ミルラはつい複雑な匂いを出してしまった。おかげで隣にいたラヴァーレがむせ返る。
 銀狐は続けた。
「その子をどのクランに入れるか、それを決めましょう」
「そうだったな……『銀の狐』、すまない」オリバナムが、決まり悪そうに、言う。
「いえ、『真の薫香』殿。さて、どうしましょうか」
「そうじゃのー」オリバナムは困った顔をした。「あとで変えることもできるし、どこに入れても一緒だと思うんじゃが……その子、なんか引っかかるんじゃよな」
 老成した声の青年は腕を組み、何かを調べるように目をつむっている。
「お嬢ちゃん、ちょっと失礼」彼はそう言うと、目をつむったままラヴァーレに顔を近づけて、彼女の香りを吟味した。「うむ、やはり沈静タイプか。それに、非常に喜ばしい香りじゃ。……才能もある。だが、これはまだまだ青いのう」
 なんとも煮え切らない、アクのある発言。しかしオリバナムは、やはり目をつむったまま悩んでいた。彼には一体、何が視えているというのだろうか。
 目をゆっくり開く。
「これは、誠に繊細な問題じゃ。この子に関しては、特に、クランを間違えれば、簡単に転ぶだろう。うまくハマるクランを当てられれば……化ける……やも知れん」
 そして、またしばらく目をつむり思考した後、ラヴァーレの情報がもう少し欲しいと思い彼はミンテに尋ねる。
「ミンテ、香りの出し方とか、術、サイキックとか、本当に何も教えとらんのか? どんな些細なことでもよい、教えとくれ」
「あっ! それなら」ミンテの言葉に期待したオリバナム。「OBAKEについての基礎知識なら、叩きこんであるわ!」
 しかし、自分が馬花だったと思い知るだけであった。大きくため息を吐かされる。
「……おぬしはよくそれで、アカデミーの教師をやれてたよな……。今おぬしが教えてるナイトスクールの生徒たちが、わしは心配じゃよ」

 ――え! ミンテ、アカデミーで先生してたの!? っていうか、今も何かの先生やってるの!?

 オリバナムの今の発言にラヴァーレの精神は、嘘だらけの歴史の真実を知った時の衝撃みたいなものに襲われた。しかし、今までずっとラヴァーレは、ミンテと共に生きてきたのだ。彼女がどこかへ行って、何かを教えているような感じはまるでしたことがない。ラヴァーレの頭はさっきのOBAKE図鑑のやり取りもそうだが、よく分からないことだらけで、もうあまり働いてくれなかった。
「こんにちわ、私は麻子。あなた、名前は?」
 ウダウダと結論の出ない状況にあきれた麻子が、体をかがめてラヴァーレに訊く。
「……ら、ラヴァーレ、です。クレッセントの、森から、来ました」
 かわいいお姉さんが話しかけてきたので、緊張してしまい、スムーズにしゃべれないことに慌てるラヴァーレ。だが麻子のほうも、追撃の手を緩めない。
「そう、いい名前だね。それでなんだけどラヴァーレ、今、お兄さんたちはね、あなたがこのアカデミーで一緒に暮らす、グループを決めているんだけど、ラヴァーレは、何か得意なことはあるかな?」
 一同の視線が集まったので、さらに緊張でガチガチになってしまったラヴァーレ。そんなラヴァーレの手をにぎり、石のように固まった体を、麻子の香りが優しく解きほぐす。
「……大丈夫。なんでもいいから、言ってみて」 
 この精霊の励ましに応えたい。そう思い、ラヴァーレは勇気を振りしぼった。

「あの、わたし……クマなら倒せます、けど……?」