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のほほんほわほわ

植物擬人化小説『ラベンダーさん』が読めます

赤オニちゃんの誕生日。発達障害のキミの世界が広くなることを――

ぼくと赤オニちゃん

テディベアを持って歩く少女

 

あの日、ぼくはどうして彼女にプレゼントをあげようと思ったんだっけな。

 

思い出せない。

 

一か月前のことなのに。

子供たちと過ごす毎日は内容がとても濃厚で。

ぼくはラーメンみたいにこってりした食べ物は苦手なので、

子供たちとの日々も脳がもたれてしまい、

思い出すのにひと苦労だ。

 

ただ、あげなきゃひどく後悔するって、思ったんだ。

 

最近のぼくは霊的な能力がすごく鋭くなっている。

ぼくと同じ年齢の子たちは原発? なんか危ないやつ? ぐらいの感じだけど、

原発で命がけの体験をしたせいか、

『ラベンダーさんと征服の草Ⅰ アトランティスへの不満』を書き上げ、

実際にオバマ大統領が来日したこと、

プルトニウムの由来となったプルート(ハーデス)が登場して死んだこと、

物語を書き終えたのがぴったり3,11と同じ3か月と11日だったこと。

様々なことが現実に起こったこととシンクロしたため、

もはや自分の直感を疑う余地はなかった。

 

直感が言わなくったってあげてるとカッコイイことを言ってみたいもんだけれど、

それはきっとなかったかもしれない。

だって、指導員がひとりの子供の誕生日にプレゼントをあげるというのは、

ヒイキになってしまうから。

 

これにはすごい悩んだ。

 

だけどぼくは、自分の心に従うことに決めたんだ。

 

赤オニちゃんのお父さんは離婚して出ていき、

現在はお母さんと二人暮らしだそうだ。

そして赤オニちゃんは、発達障害なのだ。

小学4年生で、会話も成り立つので接している分には分からないけど、

時計はまだ読めないし、足し算引き算は数字ではなく、文章でできるステップ。

リンゴとイチゴの数はどちらが多いでしょう?

スイカとリンゴはどっちが大きい?

このステップ。

ひらがなを読むのもひと苦労だけど、時間をかければ読める。

 

なので学校のバスで支援学校に通っている。

放課後はそのまま施設に来るので、平日週5日は施設で過ごしてから

お家に車で帰る淡々とした生活だ。

 

赤オニちゃん。彼女の世界はとっても狭い。

ほとんどが家と学校と、施設での暮らし。

日曜日はお母さんもお休みらしいけど、週に6日も働いているので、

日曜日におでかけに連れて行ってもらえるとは限らない。

 

ぼくが小学4年生の時は、放課後は学校のグラウンドで遊んだり、

自転車に乗って好きな場所に出かけたりしていたし、

家に友達を連れ込んでマリオパーティやったり、デュエルしたりしていた。

ちなみにぼくはデュエル・マスターズ派。

切り札はエレキチューブ・マンタ。

あとイモータル・ジャイアント。

あと空海も。

 

だけど赤オニちゃんは……自転車に乗ってどこか好きな場所へ行くこともなく、

年頃の女の子たちとファッションとか好きな芸能人の話もすることなく、

ませた方向に生意気なわけでもなく(好き嫌い、イヤだの自己主張はできる)

友だちと呼べる子や、信頼できる人もほとんどいないのだ。

(学校ではいるかもしれないが、

毎日顔を合わしている施設の子でさえ交流できていない。

流れの中で一緒に遊んだり活動しているだけ)

 

赤オニちゃんの世界には、限りがある。

彼女の世界にあるのは、学校と、施設と、お家だけ。

 

だけどぼくは赤オニちゃんのことを可哀想だとは全く思わない。

それはぼくがヘミシンクをやったおかげで価値観が広がったというのもあるし、

だから普通の人間だと思っているし、

(普通の人間だと思ってはいても、

もちろん療育活動や赤オニちゃんの社会性や学習、スキルアップのための

指導は赤オニちゃんの様子を見て、その時の状態に合わせて

無理のないように臨機応変にやっている)

究極的に言えばすべて経験するために生きているというのも感じているし、

今回の転生で地球人やっているだけなので、普通じゃない人なんていないし、

そもそも可哀想という言葉は理不尽に殺処分される動物や、

人間が好き勝手やってメチャクチャになっている自然にたいして

使われる言葉で、人間に対して使われる言葉ではないとぼくは思う。

まあ、いつまでも戦争やったり、自分たちの発展しか考えず地球で

生きているということがどんなことかを考えない頭を可哀想というのであれば、

話は別だけど。

 

健常者でなくったって、人間に生まれた時点で、いまの時代に日本人として

生まれた時点で、十分勝ち組でしょ?

ほかの生き物に生まれるより、恵まれすぎているもん。

ただ、ぼくは、一生懸命なあの子たちがとても大好きだから、

手を貸してあげたい。

あの子たちはいまはまだ、手を伸ばすことも知らないだろうけど。

 

さて、話を戻さなきゃ。

 

10歳の誕生日というのはきっと、子供にとっては一大イベントだ。

ぼくにとってはもう誕生日やクリスマスとは、

頑張りすぎる創作活動をストップし、単なる体を休める日になってしまったが、

赤オニちゃんにとってはそうではないはずだ。

生まれてちょうど10回目の、節目の誕生日。

特別な一日だ。

 

だから、特別にしなきゃ。

 

誕生日の前日にはもう先輩スタッフから

「赤オニちゃんになにかあげるの?」とからかわれるぐらいには

ぼくと赤オニちゃんとの心の距離は近くなっていた。

 

朝5時には起きて、英字新聞を駅前のコンビニまで買いに行った。

そして、英字新聞のテディベアを作った。青い装飾リボンを頭に着けたりして。

ちょっと丁寧に作り過ぎたせいか、4時間もかかった。

ラフに作れば10分もかかんないのに。

 

さてと。

まず、どのタイミングで渡せばいいのか。

赤オニちゃんが早く来てくれれば、子供が少ないタイミングで

渡せるが、そうじゃないとしたらかなり厳しい。

 

結果的にはこの日、赤オニちゃんは遅めに来たので

みんなが帰りの支度をしている時にこっそり呼んで手提げ袋をやむなく渡した。

「これ何?」

「クマのヌイグルミ」

赤オニちゃんは不思議そうだった。

「今日誕生日でしょ? だからあげる」

「うん」

 

早く帰りの支度をしてもらわないと困るという気持ちもあったし、

渡しているところを他の児童やスタッフにバレても困るという気持ちから、

みんなには内緒ね、と赤オニちゃんに伝える暇がぼくはなかった。

ま、手提げ袋に本体は隠れているし、赤オニちゃんはあまり

他の子としゃべらないから大丈夫だろうとタカをくくっていた。

しかし先輩スタッフには赤オニちゃんに渡したテディベアが見つかってしまい、

その場でお叱りを受けた。

「ああいうことすると、ズルいズルいって言われてみんなに

同じことをやらなくちゃいけないから。

それにお金もかかるから、知り合いの子供ならいいけど、

職場の子供の特別扱いは絶対ダメ」

 

怒られることは分かっていたけど、

ぼくは 、やらないという選択肢はなかったから反省は半分だけした。

ぼくのすごい直感がやれって言うんだもの。しょうがない。

それにこのとき自分の魂を信じた結果がいま、実っているから、

ぼくはやはり正しかった。

(そう断言できる。『ラベンダーさん』を書いたことは、

それぐらいの奇跡で、自分の霊感に自信が持てた出来事だから)

 

そして玄関でみんなで帰りのあいさつをする前、

小学6年生のちー姉ちゃんはこう言った。

「あ! 赤オニちゃんそれなに~! 来たとき持ってたっけ?」

「ううん、いっさんがくれた」しれっと。

 

こ、こいつ! しれっと、しかも屈託のない笑顔で言いやがった!

ちー姉ちゃん「えーなんで!? わたしも欲しい! ずるい」

いっくん「あ、あは、は」

ちー姉ちゃん「ねえこれ作ったの?」

いっくん「うん、ここで作ったんだよ」

ぼくはずるい大人なので、家ではなくここで作ったことにした。

施設で作ったものは持ち帰ってもいいからだ。

わざわざ家で作って来たなんて言えるはずもない。

先輩スタッフ「え!? あ、これ買ったんじゃなくて作ったの!?

いっくんが? 嘘でしょ?」

いっくん「いや、作ったんですよ」

先輩スタッフ「どうやって!?」

いっくん「新聞紙丸めて、ボンドとセロハンテープで。

だから材料費もかかってないんですよ」(英字新聞紙は400円、装飾リボン300円)

先輩スタッフ「ウソぉ!? これ作れんの!? あ~ごめんね、

私てっきり買ったものだと思ってた! いっさんが作ったものだったのね~!」

 

ぼくがその場で実演すると、スゲーとみんな驚いていた。

そして、来る1月27日の療育活動は、テディベアの工作をぼくが担当することに

なった。

 

赤オニちゃんは、ちー姉ちゃん含め特に女の子から見せて見せてと

迫られていたが、頑なに「イヤ、イヤだ」と拒み続けていたのだった。

 

この日を境に、赤オニちゃんの世界とまではいかないが、

彼女の視界は広がりを見せ始めた。